フシダラ 第8話

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 不安も、恐怖も、絶望も。その細い体に押し込めて、この昏い館で一人耐え続ける。それを思うと、胸を掻き毟って何事かを叫びたいような気分になる。  静まり返った廊下を、足音を立てないように、先を行く人間に気付かれぬように歩く。伊織は本館を出て、煉瓦造りの建物へと入っていった。私は聞き耳を立て、少し間を置いてからあとに続く。階段を上る音。伊織が足を止めたのは、一番上の三階のようだった。誰の気配もしない館内。気味が悪い程の静寂が満ちていた。  深い赤のカーペットが敷かれた廊下には、扉が幾つか並んでいる。どこかに時計があるのか、時を刻む秒針の音が聞こえてきた。  どの部屋がそうなのか。辺りを見渡すと、突如何か衝突音のようなものが響く。私は音のした方へ足を向けた。何かを叫ぶ男の声と、硝子が割れるような音。私は躊躇いなくその部屋の扉を開いた。  飛び込んできた光景に、私は目を剥いた。割れた皿や洋酒の瓶が散乱した床の上で、男が何かを喚きながら伊織に馬乗りになっていた。考える暇もなく、私は男の肩を掴み押し退けた。 「なん、だお前はっ、ひぃ!」
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