フシダラ 第8話

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◇ ◇  ◇  衝撃はなかった。  ある朝目覚めると、伊織は冷たくなっていた。随分前から重い病を患っていたが、伊織は病院へ入ることを嫌がった。私はその伊織の意思を尊重した。否、私自身が、伊織を傍へ置いておきたかった。  伊織を連れ出してこの土地へやってきたのは四年前になる。静かで侘しく、落ち着ける。ここに住まう人々は、誰も私を人殺しだとは思わない。  あの館から逃げた私に、追っ手はなかった。あとになって調べてみると、あの男の死は事故として片付けられていた。誰か、あの家の者が状況を察して嘘の証言をしたに違いなかった。伊織は事故の一月以上前から家出をしたことになっていた。  縁もゆかりもない土地での生活。周りは顔も知らない他人ばかり。しかしそれでは、私と伊織の関係は一体なんと名付ければいいのか。他人ではないのだとしたら、一体。  結局、その答えは出ぬまま、伊織は煙となって空へ還ってしまった。  伊織の遺体は隣町の葬儀場で火葬した。  何事かを説明する係員の前で、私はそれに手を伸ばした。焼かれたばかりの白い骨は人肌のように温かい。記憶にある伊織の体温はもっと低かった。私はその一欠けを指で摘まみ上げ、手のひらに載せてみた。係員はぎょっとした顔つきで私を凝視したが、すぐに目を逸らして、見ていない振りをした。
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