フシダラ 第8話

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 伊織はよく、海辺を散歩したがった。ずっと山奥での生活だったからか、海を眺めるのが好きだった。二人で歩いた砂浜を、私は今は一人で歩く。伊織は私を憎んでいたかもしれない。それを訊ねたことはなかった。答えを聞くのを恐れていた。聞いたところで、どうにもしてやれなかった。伊織が私を恨んでいようが嫌っていようが、私は彼を手放せない。  そのすべてを奪いたかった。そのすべてを救いたかった。ただ、彼を愛していた。誰に教わった訳でもないのに、この感覚がそうだと、胸の奥が訴える。それは内側から溢れ出て、幾筋も頬を伝った。 何も持たない私に、伊織だけが与えてくれたのだ。 私は胸の前でそっと左手を開いた。滑らかな感触の、伊織の欠片。私はそれを指で撫で、再び握り締めた。 ◇ ◇  ◇
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