アザナイ 第1話

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「すごくいい話とすごく悪い話、どちらから先に聞きたい?」  貴島は隣の佐木と顔を見合わせる。礼子の性格からして、こんな風に勿体つけた言い方をするのは珍しかった。 「悪い方を先に聞いた方が気が楽かもな」  貴島が肩を竦めると、佐木は複雑そうに笑った。 「先に悪い話をしてしまったら、せっかくのいい話を手放しで喜べなくなるんじゃない?」 「あとで落ちるってわかってんなら大差ねえんじゃねえの?」  すると礼子は、「それもそうね」と貴島の意見に頷いた。 「それじゃあ先に悪い方を話すわ」  礼子は紺色のスカートの上で指を組むと、すっと貴島を見据えた。 「他でもない、諏訪忠則氏の件よ」  その名前が出た瞬間、貴島は体を強ばらせた。貴島の緊張が伝わったのか、佐木が振り向き、戸惑うように貴島を見つめた。 「いいわね? 孝平に話しても」  目の前の礼子が問い掛ける。貴島は「ああ」と短く答えた。 礼子は一拍置いてから佐木に視線を向けて口を開く。 「諏訪氏は、血縁上の大地の父親。大地が幼少の頃に離婚しているから、父子としての関わり合いはないに等しいそうだけど」  隣で佐木が小さく息を吸い込む音が聞こえた。
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