アザナイ 第1話

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「大地さんの魅力を見出してくださったのも監督ですが、それだけじゃなく、ずっと見守っていてくださったんですね」  佐木は少し潤ませた瞳を細めて、感慨深げに呟いた。 「もう五年近くも前になるんですね」  過去の貴島を変えた、今の貴島を作った作品、【夜桜】。原作は今から三十年近く前に刊行された歴史小説だ。長年映画化が噂され続け、それでも実現しなかった幻の作品。貴島にとって思い入れのあるその作品のオーディションを、そうだと知らずに持ってきたのは佐木だった。  まだ二人の間には、信頼どころか会話すらない頃だった。貴島が自分勝手な感情で佐木を拒絶していた。それでも佐木は貴島の状況や内心を感じ取って、ある日【夜桜】のオーディションを持ってきた。事務所の意向や方針を置き去りにして、自分で考えてそれを持ってきたのだ。【夜桜】に対する貴島の思いなど知らない佐木が、それを選んできたことに心底驚いた。  しかし貴島はその偶然を必然だと思った。自分が【夜桜】に出演するべきだと状況が示している、と。だから勝算がない筈のオーディションも、不思議と勝ち残れると確信していた。結果、審査で浅田の目に留まり、貴島は役を勝ち取った。  そうして、佐木の出現も必然だと思えた。この男は自分に必要な存在なのだと。
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