アザナイ 第1話

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「あの夜からもう何回もヤってんのに、全然喰いたんねえ」  至近距離にある顔を上目遣いに見ると、その瞳が潤んでいた。半開きの唇が、微かな声で貴島の名を呼ぶ。手のひらで軽く後頭部を押すと、佐木は貴島に顔を寄せた。乾いていた互いの唇が、しとどに濡れていく。吐息をからめ合い、体温を高め合って、これ以上はない程深く繋がる。貴島は従順な佐木の体を貪りながら、この体と何度抱き合ったのかを考えた。  この関係になってから三年以上が経つ。それでもろくに休みのない日々だったから、思うよりは二人の時間はなかったかもしれない。そして想像した。あと何度抱き合えるのか。あとどれくらい共に過ごせるのか。貴島と佐木が同じ性である以上、結婚というわかりやすい結末を向かえることはできない。そもそも書類上の手続きを踏んだところで、本当の意味で他人同士を結びつけておくことなどできない。  恋人としての関係だけではない。佐木がずっと貴島のマネージャーでいられるなんて決まっている訳ではないし、そもそも貴島がこの仕事を続けられるかもわからない。そんなことは今まで深く考えたことなどなかった。それは日々の忙しさからかもしれないし、貴島の若さからなのかもしれない。  半年、一年先のスケジュールが埋まっていても、その向こうはわからない。仕事も、収入も、佐木とのこの関係も、何ひとつ確約されたものなどないのだ。そんな漠然とした不安感に苛まれるのは、数年ぶりに諏訪の名前を聞いたからかもしれない。  なんの保証もないことを、貴島はその時初めて少し怖いと感じた。
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