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「あら、倉本屋本店の芋ようかんじゃありませんか。頂いたんですか?」
瑞江の問い掛けに、浅田は「ああ」といじけたように答える。
「これは結構な物を頂戴致しましてありがとうございます」
指をついて頭を下げる瑞江に佐木が居住まいを正す。
「すぐに切ってお出ししますわね。好物があれば鬼監督も機嫌がよろしいでしょうから」
瑞江は貴島と佐木に微笑み掛けると、紙包みをお盆に載せ去っていった。
御年八十になる浅田は、普段は温厚だが撮影現場に入ると人が変わる。現在も貴島と交流のある映画監督、九鬼将臣も人遣いの荒さや容赦のないダメ出しから、名前を文字って『鬼監督』と称されることもあるが、浅田は九鬼の比ではない。叱責どころか感情に任せて物も飛んでくる。
「私の機嫌どうこうではなく、本当はあれが早く食べたいだけだろう」
浅田は拗ねたような表情で、瑞江が消えていったふすまを見つめた。
「芋ようかんは私よりあれの好物でね。まったくとんだ食い意地だよ」
言葉とは裏腹に浅田の顔つきが和らぐ。それを見つけた佐木の表情も柔らかだ。
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