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「忙しいだろうにこんなところまで呼びつけて悪かったね。どうも騒がしい場所へ行くのは年々億劫になる」
貴島の代わりに笑顔の佐木が答える。
「素敵なご自宅ですね。少し僕の実家に似ていてとても落ち着きます。それに沈丁花のいい香りがして……」
佐木の言葉に、玄関先で嗅いだ匂いを思い出した。
「庭いじりはあれの趣味だ。何が楽しいんだか、年がら年中土と草と遊んでいるよ」
突き放すような口調なのに、浅田の表情や声色からは瑞江に対する愛情が感じられた。
「今まで私は過去に思いを馳せていた。歴代の武将、幕末の志士。刃が踊り鮮血が飛び散る。現代では想像するしかできない、けれど確実にこの地で過ぎていった時間を呼び起こすこと。それが己の使命のように感じていたのかもしれん」
浅田は自嘲するように笑った。
「しかし私ももう歳だ。あと何年生きられるかもわからないし、もう何本も撮れんだろう」
そのセリフは自虐には聞こえなかった。悟りや覚悟。やがて訪れるすべてのものから、目を逸らさずに向き合う意志。
「そう思うと不思議なことに過去でなく今を撮りたくなった。最近の若いモンはと嘆くだけだったクソじじいも、現代の人間もなかなか骨があるとようやく気付いたのかもしれんな」
浅田はそう言うとからからと笑った。
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