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「人間を撮りたい。派手な装置もメイクもいらん。ありのまま、ただ必死で生きている人間を撮りたい」
静かな言葉なのに、胸を焦がすような熱い響きがあった。
「去年の【白亞の欠片】を観させてもらったよ。百点とはいかないが、まあ、あれになら主演男優賞をやってもいいだろう」
貴島が国内で一番名の通った映画賞の、最優秀主演男優賞を獲得したのはつい先日のことだった。
浅田が自分の主演作を鑑賞していてくれたことも、演技を認めてくれたことも、素直に嬉しいと感じた。
「カメラの前に立つ人間にはいくつか種類がある。その中でも一番目立った場所にいけるのはせいぜい二種類」
浅田はまっすぐに貴島を見据えた。
「夜空に浮かぶ打ち上げ花火のように、誰しもが無条件で目を遣るような光。華やかで眩しい、だけど大輪を咲かせたら跡形もなく消えていく存在」
不意に浅田の顔が陰る。長く映画の世界にいて、脳裏に焼き付けてきたいくつもの花火を思い出したのかもしれない。
「同じ夜空に浮かぶものでも、君は月になりなさい」
浅田の声が貴島を内側から揺さぶる。
「雲に遮られて見えない夜もあるだろう。だけど確かにそこにあることを誰しもが知っている、そんな絶対的な存在になりなさい」
思わず握り締めた拳に力が入っていた。体中が熱くて、自分の中に何かが宿ったような感覚があった。浅田が現代ではなく過去の世界を撮り続けたこと、そして最後に『今』を撮ると決めたことを使命と呼ぶのなら、今自分の内側に満ちていく熱もきっと同じ名前で呼ぶのだろう。
「はい」
貴島は短くそれだけを答える。浅田は満足したように深く頷いた。
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