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間もなく瑞江が姿を見せ、四人で芋ようかんを食べた。美味しそうにようかんを頬張る浅田はとても幸福そうに見えた。
「聞いているかもしれんが、もう来月には製作発表をするらしい。台本もまだ、君のスケジュールの確保もまだだと言っているんだがなぁ」
浅田は渋い顔を作り、溜息を吐く。
「奴らめ、私がぽっくり逝く前に完成させようと急かしてきよる」
貴島と佐木が返答に困って黙っていると、瑞江が「まったく縁起でもありませんよ」と窘める。
出資元のテレビ局の意向で、今作の製作過程からのすべてを追った、浅田のドキュメンタリー番組が予定されていることも続けて聞かされた。貴島はそれを意外に感じた。浅田はどちらかと言えばメディア嫌いの印象があったからだ。メディアへの露出があってなんぼの役者側は仕方ないと思えるが、普段カメラの前に立たない人間が四六時中レンズに追い回されるのはいい気分ではない筈だ。
やはり相当の覚悟なのだと貴島は思った。浅田は作品だけではなく、自らの映画人生のすべてを、文字通り『遺す』つもりなのだろう。作品は監督だけのものでも、主演俳優だけのものではない。そこには大勢のスタッフがいる。そして何より、観客がいてこそ成り立つものだ。
貴島は改めて浅田という男に尊敬の念を抱き、また、想いの込められた作品の主演に指名されたことの重さを噛み締めた。
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