アイオイ 第7話

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 取り敢えず会社に連絡を入れようと床に放り出したままのスーツを手繰り寄せ、携帯を取り出した。画面は何件もの着信を示していた。相手はすべて貴島だった。もし電話に出ていれば、貴島は一体何を伝えるつもりだったのだろう。無責任に仕事場から逃げ出した佐木への蔑みの言葉だろうか? 想像しただけで、ただでさえ最悪まで落ち込んだ気分が更に深く滅入ってしまう。  貴島の事を一旦どうにか思考の端へ追いやって、会社に電話を掛ける。自分の担当するタレントが働いているのに、マネージャーが休むなんて普通ではあり得ない。しかし佐木と同じ貴島担当の営業スタッフ、村上に「休ませて欲しい」と申し出ると意外な言葉が返ってきた。 「ちゃんと病院行ったのか? 昨日も相当つらそうだったって?」  村上は佐木を気遣うように声のトーンを落とした。 「……え?」 「昨日の夜に大地から連絡あったぞ? お前の体調が悪いから怒鳴って早退させたって。んで、今日も多分無理だろうからスケジュール確認したいってさ」  予想もしていなかった展開に佐木は言葉が出なかった。どんな理由であれ、自分の感情にいっぱいいっぱいになって、責任を放り出したのは佐木なのに、貴島はそれをフォローしてくれていた。貴島の気遣いに嬉しい気持ちと、申し訳ない気持ちが胸の中で満ちる。
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