アイオイ 第8話

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アイオイ 第8話

 日付が変わる少し前、佐木はテレビ局の地下駐車場にいた。本来のスケジュール通りなら、あと十分もしないうちに、ドラマの収録を終えた貴島がここへ来る。  貴島に会いたい一心で、どうにかここまで来た佐木だったが、駐車場で貴島の愛車を見つけた瞬間、顔を合わせるのが怖くて堪らなくなった。電車を乗り継ぎここへ向かう間は、ちゃんと楽屋まで貴島を迎えに行くつもりだった。けれど実際到着すると、足が竦んで先に進めなかった。それに、仕事を欠勤した自分が、私用で局内に入る事に躊躇いを感じてしまった。逃げ出したい気持ちを抑えながら、緊張で血の気の失せた顔で貴島の車を見つめていると、背後から人の近付く気配がした。硬直した佐木の体はいう事をきかず、すぐに振り返る事ができなかった。 「……よう」  その声に佐木の肩が跳ねる。ぎこちない仕草で振り向くと、クラッシュ加工を施されたロングTシャツにジーンズ姿の貴島が立っていた。 「……お疲れ様です」  消え入りそうな声でなんとかそれを口にしたきり、佐木は何も話せなかった。視線は地面のコンクリートに向けられたまま、貴島の顔を見る事ができない。 「おい」  短い声に促されて、佐木はようやく顔を上げた。そこには、少し不機嫌そうないつも通りの貴島がいた。佐木は何かを話そうと口を開いたが、やはり何も言葉にならなかった。
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