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「お邪魔……します」
毎日貴島の送り迎えをしている佐木だったが、部屋の中まで入ったのは数える程しかない。広々とした間取りにはセンスの良い家具がうるさくない程度に配置されていて、貴島の趣味の良さが窺える。部屋がきっちり整頓されているのは、意外にまめな貴島の性格からかもしれないが、そもそも散らかす暇がないのが実情だろう。
「で、今日の生、お前は結局全部観たんだよな?」
貴島が乱雑にキーケースを投げると、ガラス製の机の上で派手な音を立った。
「……観ました」
リビングの入口で微動だにしない佐木を貴島が振り返る。
「なんか俺に言う事あるんじゃねえの?」
「……え、あ……あの、今日の移動は大丈夫でしたか? 記者とかファンの方と……か」
目の前の顔がどんどん険しく変化して、佐木は自分の答えが間違っていた事を悟った。貴島は長い足でずんずんと佐木に近寄ると、唐突に佐木のスーツの上着を掴んだ。
「脱げ」
「え、……っ……大地さん!?」
面食らうする佐木を無視して、貴島は佐木のジャケットを剥ぎ取り、ネクタイに手を掛ける。
「スーツ着てるお前に用はねえんだよ」
貴島の言葉の意味がわからず、困惑を顔に張り付かせていると、貴島は苛立ったようにネクタイを抜き取り床に放った。
「今はマネージャーのお前に用はねえ。俺はただの佐木孝平に話をしてんだよ」
真っ向から見つめられ、佐木は肉食獣に狙われた小動物のように身じろぎひとつできなくなる。
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