アイオイ エピローグ

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 石畳に足を踏み入れると、気分が重くなった。参道を進むにつれ、胸がざわめき立つ。佐木が両親の墓参りに来るのは、上京して以来の事だった。幼馴染を始め、基文と親交の深かった人たちが定期的に来てくれているお陰で、お墓は綺麗にされていた。けれど、ずっと来れなかった不義理を詫びるように、時間を掛けて丁寧に掃除をした。  花を供えて目を閉じると、佐木の脳裏に変わらない父の笑顔が浮かんだ。 「……ごめんなさい」  両手を合わせ、呟いた佐木の声は蝉の声に掻き消される程に小さかった。最後にここを訪れた日も、同じ言葉を繰り返した。両親を置いてこの土地を離れる申し訳なさ。本当の事を話せなかった後悔。あの時の苦い気持ちは、時を経ても薄れていない。瞼を開いて手を下ろしても、佐木はじっと墓石を見つめていた。不安で寂しくて心細い。泣きそうな気持ちを必死に堪える佐木の手に、何かが触れる。白くなるまで握り締めた佐木の手を取り、解かせたのは貴島の指先だった。 「……大地さん」  貴島はまっすぐ前を向いたまま、解いた佐木の指をしっかり握った。その手が伝える温度が、堪らなく優しく、何よりも心強かった。 「……っく」  俯むくと靴の上にポタポタと何粒もの雫が落ちた。  深い悲しみから、孤独感から、後悔から。大きな手が腕を引いて連れ出してくれる。 (父さん、この人が俺の大切な人です)  今度は間違いじゃない。孤独と焦燥に追い詰められ、適当に取った誰かの手ではない。迷って、焦がれて、奇跡みたいに抱き寄せられ、泣きながらしがみついた最愛の人。今度こそ父は安心してくれるだろうか。同性だと驚いてしまうだろうか。……いや、きっと大らかな父は「そうか」と微笑んで頷いてくれる気がする。佐木はそんな想像をして、空いている方の手で涙を拭いながら笑った。  弱くて、脆くてまだ頼りないけれど、こうして支えてくれる手がある。だからどうか、心配しないで見守っていて欲しい。いつか、この手を守れるくらい強くなりたい。両親が誇れるような息子でありたい。  佐木は強くそう願い、繋がれた手をしっかりと握り返した。 【END】
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