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第5章 居候、説教をかます
アスハとわたしがそれ以来特別仲良くなったとか。二人の間のぐっと距離が縮まったかって言えば、正直なところそこまでじゃない。
けどそれでも、お互いの存在が特に気に障るとか鬱陶しく感じるってことは、以後ありがたいことにすっかりなくなった。
何となく得体が知れない。何か裏がありそうで不気味だと薄々感じてたのが、向こうにとっても同じだったとわかって。それならと正直な事情を打ち明けて腹を割って話せれば、なぁんだそういうことか。としっかり納得できて腑に落ちたので、もうそれ以上薄気味悪く感じる要素もない。
何より彼に対してはもう、自分が心を読めることがばれてるのでこっちとしては隠し立てするものがなくなって気楽だ。だから、二人で組まされて同じ仕事を頼まれるのもこれはこれでいいか。と以前よりは特にうんざりもせず、父親の余計なお節介やあわよくばとの思惑も別に気にならなくなった。どうせ冬が終わって彼が出て行くまでの間だけの話だし。
だからといって、必要もないときにわざわざ一緒に行動しようとまでは思わない。先方もわたしと同じように感じてるみたいで普段の態度としてはつかず離れず。外から見た印象では多分、分校の図書室でお互いの事情を打ち明け合う前とそんなに変化してないように見えてたんじゃないかと思う。
つまり、特別仲良くもないけどあえてお互いを避けるほどでもない。仕事で組ませれば黙々と文句も言わず普通に協力して片付けるし、暇なときにリビングで顔を合わせればそれぞれが所在なく暖炉の前で静かに読書などしてる。
誘い合わせて分校の図書室に行くときもあれば特に声もかけ合わずてんでん勝手に別々で行くときもある。取り立てて言うほど良好な間柄でもないけどめちゃくちゃ仲が悪いわけでもない、普通のきょうだい同士みたいな関係に落ち着いた。と周りからは見なされてたようだ。
やがて本格的な冬になり(とは言ってもただ最高気温が一年のうちで一番低くなり、日の出ている時間が短くなるだけ。冷たい木枯らしも大して吹かず雪なんてもちろんお呼びじゃない。水に氷も張らない)、夜になると暖炉の前に来るのはわたしや弟やアスハなどいつものメンバーだけじゃなく、両親も含めた家族みんなが各々読むものや手仕事などを持って集まるようになった。
特に大して会話を弾ませるでもなく、ただただリラックスして思い思いに明かりと暖を囲んで冬の夜長を過ごしてる。表面上は言葉もぽつりぽつりでもの静かだけど、わたしの耳の中では普段の団欒と同じようにわんわんとみんなの頭の中でだけ囁かれてる思考が混じり合い、響き合って常にかなりの音量のざわめきを形成していた。
それが特に不快とかうんざりだ、と感じることはない。と読むのが何回目か忘れてしまった図書室から何度も借りて来た漫画を、また惰性でぱらぱらとめくりながらぼんやりと考える。
家族の考えてることがリアルタイムで伝わってきても、わたしにとって特に目新しいことはない。姉が恋人との間の生々しいやり取りをうっとりと思い返してるのと、父が兄の縁談をまとめる段取りをしきりに思案つつついでに向こうの集落でましろにちょうどいい年頃の男はいないかどうか、確かめないと。と付け足すように考えたのがちょっと…と思わず口を挟みたくなったのを除けば。
母や兄や弟がとりとめもなく考えてる内容なんか、実にいつも通りで別に何の問題もない。
母は明日のご飯のメニュー、食糧確保と保存の段取り。兄の頭の中はのんびりと、明日済ませるべき仕事を思い浮かべつつその中での優先順位決め。
一方で村の端っこのここから離れた家に住む二つ歳下の女の子が、最近会ってなかったけど久々に見たらちょっと可愛くなってたな。なんてほわほわと考えてるうちの弟は案外可愛い。近頃は反抗期でわたしに対してはまるで愛想もないから、こうして油断してると年相応でまだまだだな。とつい和んでしまった。
そんな中、リビングの片隅で片膝を立てて熱心に漫画を読み耽ってるあいつの方からだけは何か分厚い殻に覆われてでもいるかのように、しんと無音で何一つ伝わってはこない。
以前みたいにダミーの無機質なボットっぽい女の子苦手、嫌だ怖い。の連呼が流しっ放しになってることはなくなってる。だからそこの空間だけがわたしにとっては目で見て人がいるのに気配がしない、全ての音を吸い込んでしまう謎のブラックホールみたいなスポットになっているのだが。
そういう存在が身近にいることにもうすっかり慣れつつある。相手の思考を勝手に傍受し続けてることにずっとこれまで罪悪感を覚えておいて、いざわたしには読めない人間が目の前に現れたらさすがにちょっとは不安になるのかな。と漠然とした恐れが完全にないとは言えなかったけど。
こうしてもの静かに漫画に集中してるように見えても、内心でうちの家族みんなを毒舌で罵ってて密かに殺害計画を練ってる。ってこともまずないだろうし。仮に何か言えない不満を密かに抱いてたとしても、わたしが本人に言った通りで最後まで口にされない話はなかったのと同じことだ。
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