第5章 居候、説教をかます

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父が世間体とか体面とか。世の中の常識ならこうあるべき、って思い込みでわたしに早い結婚を迫ってるんならこっちも正面から反抗のしようもあるけど。 どう考えてもこの人、わたしの幸せのことしか考えてない。結婚なんかしなくても自分自身が満たされてて悔いがなければそれでいいじゃんとか言い張っても、その選択が最終的に間違いなかったって保証してくれるものは。少なくとも今の時点の父の目から見れば、何一つとして存在しないんだもんなぁ。 お父さんが生きて元気な間は何とか上手くやってる独身のわたしを見せられたとしても。順番で言えば彼の方がひと足早くこの世を去るわけで(ごめん)、自分がいなくなったあと、この子は守ってくれる伴侶もいないのに残りの生涯を無事に全うできるのか。と心配で心配で化けて出て来かねない勢いで今際の際まで身をすり減らす父。っていう未来が見えなくもないだけに…。うーん。 「何なの今日はまた。やたらと重い顔つきになって考え込んでるじゃん」 数日後、午後にぽっかり時間が空いたので久々に図書室に行くかとリビングで返却する本をまとめてたら、通りかかったアスハがそしたら俺も行こうっと。この前借りてきたやつ、もう全部読み終えたし。と言って珍しく向こうから一緒について来た。 冬になって農閑期に入り、夜も長くなったから家で過ごす時間が増えたせいもあるが。毎日のように漫画や本を読む習慣がつき、アスハはすっかり読むのが早くなった。やはりこういうのは慣れなんだろう。 あとは向き不向きかな。彼の子ども時代はお世辞にも周囲にたくさんの本がある環境とは言えなかったらしいから、これまで読む速度が覚束なかったのは無理なかったと思う。 けど、だからといってそういう人の環境がその後変わって、成長してから書物に接するチャンスが急に増えたとしても。多分誰もがそれで百パーセント、みるみるうちに読書のスピードが上がるとは限らない。 読書や漫画読むのには実は、環境よりも生まれつきの適性の方が影響大きいんじゃないかな。とアスハを見てると密かに思う。 うちの兄と姉はいつでも開放されてる読み放題の図書室が近所にあっても、少なくとも大人になってからはほとんど本を読んでるところを見たことない。 父もそっちタイプだけど、一方で母は暇さえあればわたしや弟が借りてくる漫画や本をしょっちゅう読んでる。こないだのあれの続きこんど借りてきてよ、とか頼まれたりもするし。だから大人か子どもかも関係ないみたい。つまりはこの世には本を読む人と読まない人がいる、っていう割とシンプルな結論に落ち着きそうだ。 水を得た魚みたいに熱心に本を読み耽ってるアスハを見てると、たまたまだけどうちの村に来てよかったね。と内心ほっこりとなる。よその場所では図書館とか学校の図書室とか、どういう状態になってるんだろう。こんな風に放置されてなくてきちんと誰かの手で管理されてるのかもしれないな。 前に他の土地でもっと大きな図書館に行ったことある、って言ってたっけ。そういうとこにはわたしがまだ読んだことのない、知らない本がきっと読みきれないくらいいっぱいあるんだろうなぁ…。 と、最近よくあることだがふとした拍子につい、村の外の行ったことのない土地についていろいろと想像を巡らせてしまう。そんな思いがどういう形で表に出ていたのか。珍しく口の軽い様子のアスハにそんな風に横から突っ込まれた。 「え,別に。憂鬱だとか何か心配ごとがあるとかじゃないよ。ただ最近漠然とさ…」 わたしもあんたみたいに、一度くらいは村から外に出てみた方がいいのかな。と口から出かけて飲み込んだ。 こいつと一緒について行きたいんだと解釈されても、うーん。別にそういうわけでは。 絶対に連れになるのが嫌だってほどアスハのことを悪く思ってるわけでも信用できないわけでもない。けど、こっちがどう思うかは置くとしても。こいつはわたしに付きまとわれるの、絶対めちゃくちゃ嫌がりそうだなと…。 え、俺にくっついて来る気?春になったらやっとまた一人になれると思ってたのに、と渋い顔されるのは目に見えてる。 まあある意味アスハのいいとこはそういう点で、こっちが考えなんて読めなくても嫌なことは嫌ってはっきり反応に出るとこか。 作り笑顔でいいよぉそれならそれで。こっちも旅の道連れ大歓迎だよ!なんて心にもないお愛想言って他人に調子合わせたりしないって確かな信頼がある。絶対思いきり嫌そうな顔を隠しもしないで不機嫌に黙り込むのがありありと想像つくし…。 変に誤解してされて嫌な顔をされたくないので、自分も一回外に出ていろんなところを見て回ろうか迷ってる。というのはここでは口に出さないことにした。慌てて違う話題を探して脳内を引っかき回し、手当たり次第に掴んで引きずり出したのがこれ。 「いや、昨日の夜ご飯のあとリビングでさ。みんなでだらだら暖炉のそばで過ごしたじゃん?あのとき、うちの父親が黙ってずっと考えてて。わたしにそろそろ婿を探さなきゃって。どうやら兄に嫁の当てがあるから、その人の出身の集落から誰か紹介してもらおうと思ってるみたいで…」
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