第5章 居候、説教をかます

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話をごまかすために適当に選んだにしてはこっちはこっちで微妙な話題のような…。と喋りながらやや後悔したけど、アスハは完全に他人ごととしか受け取らなかったみたいだ。小さく肩をすぼめてひぇ、と変な声を出してみせてから気楽に付け足した。 「そこまで焦ってるんだ、おじさん。別にいつでもいいじゃんね結婚なんか。そりゃできるに越したことないんだろうけどな、特にこういう村みたいな。ちゃんとした共同体でずっと一生暮らすんならさ」 未婚のままでいつまでも年取った両親か兄姉の家に居候ってなると。若いうちは大目に見られてても、そのうちご近所からの目も気になっていつかはめちゃくちゃ居心地悪くなりそうだよなぁ?と忌憚なくずばりと言われて、改めてちょっと心配になった。 「アスハもそう思うの?なるべく早く相手見つけて落ち着いた方がいいとか…。あんたはそういうこと言わないかと思ってた。自由であることを何よりも優先して選ぶようなやつだから」 ちくりと指摘してやったつもりだったけど、彼は全く怯む様子も見せない。けろりとしてわたしの隣をてくてく歩きながら言い放った。 「そりゃ俺はそうだよ。結婚なんかするより自由でいたいし、何処へでも行きたいところに行きたいときに行きたい。せっかくあの集落を出て来れて、まだ十五なのに早々と身を固めるなんて。とてもじゃないけどそんなの考えらんないよ」 まあ、でもそれは自分の話限定だからね?他の人にまで同じ考えを押しつける気はないからさ。と抜け抜けと付け加える。それはそうなんだろうけど。 しかもこの言い分だと。昨日の晩、うちの父が内心で密かに算段してた通り近いうちにアスハくんはどう?うちの娘と所帯持ってここに永住する気ない?とか探り入れても、あっその気は最初から全然ないです!とあっさり断りそうだな。もちろんそれは本人に確認するまでもなくこっちは重々承知してることなんだが。 思わず両肩がずっしりと落ちて、はぁ。と大きなため息が再び漏れた。 「いいね、そんな風に吹っ切れて。…わたしも何が一番優先か。誰に訊かれても自信持ってはっきり答えられたらなぁ…」 「そうなのか?あんたはそういうの、表には出さなくても自分の中ではとっくに承知してるタイプかと」 ひゅう、と風がアスファルトの上を巻いて走る。凍えるほどじゃないけど肌寒い。春はまだ遠い。 その袋持つか?と手を出して有無を言わさずさっさと大量の漫画の入った手提げをわたしから奪うように受け取る。こういうとこ案外気が回るというか。意外に親切なとこもあるんだけどね…。 「うーん。それは買い被りだと思う…。結婚なんかまだしたくないってことだけははっきりしてるけどね。いくら親のお眼鏡に適うような相手だとしても、まるで知らない人と一生一緒に暮らすのか?って思うと。ちょっとぞっとするな…」 「まあ、でも仮にいつか自分でもいいなって思う相手が現れたら。今後未来永劫結婚する気がゼロってわけでもないんだろ?だったら試しに会うだけ会ってみればいいんじゃね?」 もしかしたらめちゃめちゃタイプの男が一発目で来てラッキー、ってこともあるかもしれないよ。と言う声は微かに笑いを含んでいてなんか楽しそう。いや、他人ごとだと思って気軽に言ってくれるよなぁ。 わたしは重い荷物を預けていきなり手持ち無沙汰になった両手を子どもみたいにぶらぶらさせながら、もうこいつの前で建前並べてもしょうがないや。どうせ春になったら去っていく人なんだし、とやけくそ気味に正直な迷いを打ち明けた。 「そう軽く考えられるならいいけどさ。うちの父が今考えてるの、兄貴の奥さん候補が生まれ育った村でわたしにちょうどいい年頃のいないかな、だよ?そんな繋がりで口利いてもらったら。よほど明確な理由でもない限り、何となくじゃ断りにくくない?」 少なくとも兄はもう何回かその女性と会ってて、お互い感触は悪くないみたいだし。このまま自然と話が決まりそうかな、って頃合いではある。 そこにわたしがおまけみたいに男の子を紹介してもらっといて、うーん特にこの人に問題あるわけじゃないけど今いちその気になれないかなぁ、なんて中途半端な理由でお断りしたら。なんか、せっかくの目出度い空気が台無しというか。普通にぶち壊しじゃん? わたしはわがままな子どもみたいにぶんぶん、とさらに勢いよく腕を振り回しながら普段表には出せない(だって、父は表立ってわたしに結婚を急かしたりはしてないから。黙って心の中で勝手にあれこれ思い悩んでるだけなので、余計な心配はしなくていいよ。とこっちからは言えない)不満をさらに並べ立てた。 「そりゃわたしが、誰かいい人いたらそろそろ結婚も考えようかな。って前向きな気持ちになってるタイミングだったらさ。特別びびっとは来なくても、性格の良さそうな子ならまあ何とかやっていけるかな。とか折り合いつけられるかもだけど…。そもそも結婚自体に気が進まないのに、その気になるとしたらよほど運命だ!って確信できるくらい、滅茶苦茶好みの人でもないと。この話、お受けしますとはならないでしょ」
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