ししゃも

1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 ししゃも。それは人類が発明した奇跡の食べ物。  キュウリウオ目キュウリウオ科の小さな魚を改良したものである。  ししゃもはただおいしいだけではない。その真の力は食べ方による効果にある。  頭から食べると頭が良くなり。  尻尾から食べると足が速くなるのである。  多くの人々がししゃもを頭から食べた。ししゃもにより叡知を授かった人々は、文明を進化させ、世界を進めていく。人類が抱えていたあらゆる問題は、ししゃもよって解決されたと言っても過言ではなかった。一触即発だった国々の関係は、美しくも思える会議にて解消された。多かった犯罪も消えてなくなった。食糧問題も箒ではいたかのようになくなり、飢えた子供は地球のどこにもいなくなった。  社会的な問題だけではない、環境問題もなくなった。海洋汚染問題は素晴らしいアイデアにより、すぐに解決された。森林減少もなくなり、地球にはいま青々とした緑が戻っている。  たとえ、新しい問題が発生したとしても、人類の「ししゃもは頭から食べる派」が新たにししゃもを頭から食べれば、全て解決された。地球を砕くほどの隕石が迫ってきたが、彼らのお陰で墜落前に破壊できたことは、記憶に新しい。  人類と地球に明るい未来をもたらす「ししゃもは頭から食べる派」がいる一方で「ししゃもは尻尾から食べる派」ももちろんいた。彼らは頭脳よりも己の肉体を磨くことを選んだ。ししゃもにより足が速くなった彼らは、同時に健康的な身体を手に入れた。さらにししゃもを食べることにより、彼らは己の身体を極めようとした。  進化する文明。進化する人類。ところがある日、彼らは大きな問題に直面した。  ししゃもが底を尽きたのである。  これは進化した故の慢心だった。ししゃもが減っても、またししゃもを食べれば、その問題は解決できる――けれども、そのししゃもがなくなってしまえば、人類は次の一歩へ進めない。  ししゃもロス。これに一番不安を抱いたのは「頭から食べる派」だった。彼らにはししゃもによる優れた知能こそ、全てだった。だがししゃもがなくなったのなら、どうしたらいいのかわからなかったのだ。  もちろん、どうしたらいいかわからないのは「尻尾から食べる派」もだった。ししゃも以上に優れたプロテインはないのである。彼らも不安だった。これ以上は、足が速くなれないと。  ところが「頭から食べる派」の不安は「尻尾から食べる派」の不安を凌駕した。その果てに、ある一人の「頭から食べる派」が考え抜いた。 「ししゃもがないなら、これまでにししゃもを食べてきた人間を食べればいいじゃない」  この言葉により「頭から食べる派」による「尻尾から食べる派」狩りがはじまった。捕まれば最後、頭から食べられる。それにより「頭から食べる派」は得られるはずだった叡知を補っていったが、果たして本当にそうだったのだろうか。  何にせよ「尻尾から食べる派」は次々に頭から食べられていった。彼らは確かに足が速かった。だが優れた知能を持つ「頭から食べる派」も劣らず、優れた技術で彼らが潜んでいる場所を探知したり、罠や兵器を用意して捕まえたりしていったのである。  ついに「尻尾から食べる派」は世界に七人だけとなった。しかしこの七人は中々捕まらなかった。彼らは「尻尾から食べる派」の中でも足の速い者達であり、あらゆる策略を文字通り駆け抜け逃げていった。  生き残った七人の「尻尾から食べる派」の速度は果てに、光の速度となった。彼らは光となった。夜空を昇り星となり「ししゃも座」を作れば、永遠に「頭から食べる派」の手が届かない場所へ消えていった。  残された「頭から食べる派」は、ついに食べるものがなくなった。だがそこで、彼らはよく考えてみる。目の前にいる仲間だって「ししゃもを食べてきた人間」であることに。  そうして「頭から食べる派」の共食いが始まった。それは世界中で三日三晩に渡り、四日目の朝、たった一人の勝者が昇りゆく太陽の光に照らされていたものの、昼には倒れていた。実際のところ、最後の戦いは、相打ちに終わっていた。最後の一人は、死んでもなお、ししゃものようにぴんと背を伸ばし立っていただけだった。  こうして、ししゃもを愛し、多くを得た人々はいなくなった。  残ったのは「魚嫌い派」であった。人類はししゃもと共にあるべきと多くの人間が唱えた中、彼ら「魚嫌い派」は地底へと追いやられていた。地上が妙に静かになって、彼らは知る。ししゃもによる時代が終わったのだと。  彼らが地上に出て来たのは、夜だった。「頭から食べる派」の遺した技術を用いて、「尻尾から食べる派」が作り上げた「ししゃも座」の輝きに照らされながら、世界を復興させていった。 【終】
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!