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ぱちぱちと、薪の爆ぜる音が目を覚ました。
「――っ、俺」
体を起こせば、視界に入ったのは絶望的な吹雪ではなく、少し湿気を帯びた岩肌。近く漂う暖気の源は小さな焚火で、明かり代わりに周囲を照らすのもその炎だった。
「たす、かったのか……?」
吹雪になる前に帰る予定だったのだ。
しかし、山の天気というものは読めないもので、気付けば視界もまともに確保できないほどの猛吹雪となっていた。あたり一面真っ白で、前後も左右もわからない。とにかく、とにかく雪を凌げる場所に行かなければと、彷徨い歩いた末に洞窟らしきものを見つけたところまでは覚えている。
そこから先の記憶は、ない。
ちらと、燃える焚火を見る。
まさか洞窟に逃げ込んだ自分が自力でつけたわけではないだろう。誰かが助けてくれたと考える方が自然だ。
だが、こんな猛吹雪の中でいったい誰が?
そんなことを考えていれば、ざり、と地面を踏む音がした。獣の音ではない。人の足音だ。
顔を上げれば、人影がこちらを向いている。
「あ、えーと」
ゆったりとした赤のローブを纏ったその人は、おそらく女だろう。目深にフードを被っているせいで顔は見えない。
「あんたが、助けてくれたのか?」
女はすっと壁に寄ったかと思うと、一方――外を指さす。
「ええと……」
視線をそちらにやれば、吹雪がやんで青空が見えていた。「晴れた」と言いたいのだろうか。
体の調子を見る。吹雪の中で倒れたとは思えないくらい、不調はなかった。怪我もない。いまのうちに村に帰れれば、それがいちばんだろう。
「その、ありがとう」
立ち上がり、すれ違い様に礼を言った。思ったよりも身長が低く、やはり顔は見えない。
「……あんたは、どうすんだ? うちの村の人じゃないよな?」
振り返った先の女は、しかし無言のままだった。
よくよく見れば、冬の山にいるには不自然なほどに薄着だ。遭難者にしたって不自然だ。となれば――
「……ああ、うん、事情は聞かねえよ」
それだけ言って背を向ける。こういうものは深入りしない方がいい。
外に出てみればあの猛吹雪が嘘のようで、雪焼けしそうなほどに視界が眩しかった。
とはいえ、またいつ空が機嫌を損ねるかわからない。早々に村に帰ろうと、振り返りもせずに山をくだった。
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