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目を覚ますと、村の診療所だった。
どうやら俺は遭難扱いになっていて――実際、遭難していたのだ――吹雪がやんだあと捜索が行われたそうだ。魔女狩りの方はと言えば、探そうにも実際に目撃した俺がいなければ探しようがないということで、一時中断となったらしい。
「左手の薬指は残念だったな」
見舞いに来た友人がそう言うのに、俺は寝たまま左手を掲げる。五本の指の中で一本だけ、薬指だけがなくなっていた。凍傷によるやむを得ない措置だった。
「でも、なんで薬指だけなんだろうな」
指輪をしていたならまだしも、と友人がぼやくのに、俺は「さあな」と返す。
左手と言えば、あの女に触った手だ。触れた瞬間、指先が焼ける感触がしたのは覚えている。それほどまでに、あの女の肌は冷たかったのだ。
「……これじゃあ結婚しても指輪ははめられねえなあ」
「アテでもあるのか?」
「それを聞くなよ」
気の利かない友人に口を尖らせれば、対する相手はにやりと笑う。軽口だったらしい。
「……そういえば、あれ以降、嘘のように雪が降らなくなったぜ」
「そうなのか?」
日がな一日、診療所で療養しているからか、外の様子をあまり気にしていなかった。
「例年には遅いけど、春が来てる」
「ふーん」
確かに、今でも吹雪が続いていたら、村はもっと騒がしいだろう。それがないということは、春の兆しが見えてきたということだ。
「魔女狩りもなくなったってことか」
「とっくにみんな日常に戻ってるよ」
あの一瞬の狂熱はなんだったんだろうな、と友人は遠くを眺めた。
冬が終わらない閉塞感、日々減っていく備蓄から感じる飢えと寒さ。あのときは村の誰もが、切羽詰まっていたのだ。
――魔女、か。
あながち、雪の魔女の伝説というのは、誤りでもなかったのかもしれない。
今となってはそんなことを思う。
結局一度も見なかった顔、聞かなかった声。猛吹雪の中の、赤い影。改めて考えてみれば、あれがまっとうな人間であると考える方がおかしいくらいだ。
「どうして、俺を助けたんだろうな」
「何言ってんだ、助けるに決まってるだろ。それとも何か、自殺願望でもあったのか?」
俺の言葉を友人は別の意味で捉えたらしい。
「そっちじゃねえよ」
「? ……ああ、前に話してた魔女の話か」
「魔女なのかは知らないけどな。……でも、確かに魔女って考えた方が納得もいくんだよな」
「………………お前、会ったの?」
友人の問いに、俺は無言を返す。それが肯定だということくらい、こいつならわかるだろう。
吹雪が止んで、山に出ていた全員で捜索を行った日。見つかったのは、比較的近い場所で、けれど雪に埋もれることなく倒れていたのだと、話だけは聞いている。あの猛吹雪、普通だったら死んでいてもおかしくない。
「……ははーん」
不意に友人が変な声を上げた。振り返ればにんまりと笑っている。嫌な予感がして体を起こした。
「……なんだよ」
「お前、惚れたな?」
「はあ?」
「ま、死にそうなところを助けられたら、そういうこともあるか」
「おいこら、勝手に話を進めるな。だいたい顔すら見てないんだぞ」
なるほどなるほどと笑いながら立ち上がる友人を追おうと、俺もベッドから身を乗り出す。
「まだ安静にしてないとだめだぞー。先生は怒ると怖いぜ?」
「うるせえ、お前、変な噂立てたら殴るからな」
「誓って口外はしないとも」
そう言う背中がまったくもって信用ならない。狭い村だ、一度立てた噂はあっという間に広がっていってしまう。
だが、友人が言うように診療所の医者が怖いのも事実。「くそっ」と悔し紛れに吐き捨てていると、扉を閉めながら笑う友人の顔が目に入った。
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