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切手のあるおくりもの
中2の夏、俺は引きこもりだった。
『引きこもり』にもいろいろあるんだ。引きこもっている人が100人いたら、多分100通りの理由があるんじゃないかな。
俺もその100人のうちの1人で、誰とも違う理由があった。
「そりゃ父親と母親が離婚すれば、誰でも引きこもりたくもなるよな。でも強く生きなきゃいけないんだぞ」
当時一緒に暮らしていたおじいちゃんはそんなことを言った。
ライン越えである。
『誰でも引きこもりたくなるよな』とか地雷である。
俺には俺だけの理由があるんだ。顔も知らない誰かと一緒にしないでくれ。
俺はそんなふうに変なプライドを持った引きこもりだった。
その手紙が来たのは、学校を休んでひと月ほど経ったころだった。
『早川ハヤセくんへ』
白い封筒に鳥の絵柄の切手が貼られた、きちんとした手紙だった。
ところが宛先が俺の名前だけ、住所すらない。しかも汚い字。
「こりゃなんだ?」
おじいちゃんも顔をしかめた。
封筒を開けてみると、そこには・・・・何も入ってない。
切手と封筒だけの手紙。
「怖っ」
差出人には心当たりがあった。
同じクラスの『河野コウ』だ。
言いづらい名前なのは理由があった。
「実はうちの親も離婚したんだ」
俺が引きこもりになる少し前、それまで接点はなかったのに急に話しかけられた相手だ。
「なんか話したい事があったら聞くから。気軽に話してよ。同じ身の上だから気持ちわかるよ」
勝手にわかるなよ。
俺の苦悩とか怒りは誰とも違うんだ。
お前の親も離婚したからって、わかりあえるわけじゃない。
一緒にすんな!
そう言いたかったが、実際は軽くうなづいただけだった。
父さんと母さんは俺が物心ついた時からギクシャクしていた。
俺にはそれが当たり前だったし、ギクシャクしながらもずっとそれが続くのだろうなと思っていた。
ある日おじいちゃんが家に来た。
「しばらくおじいちゃんの家で暮らして」
母さんが言った。
「毎日美味しいお味噌汁を作ってあげるぞ」
おじいちゃんが言った。
父さんは数ヶ月前から帰ってきてなかった。
なるほどそう言うことか。
父さんと母さんは離婚するのだ。
賢い俺はすぐに理解した。
理解はしたけど、納得はしてなかった。
「ご飯だぞ。外に出なくても腹は減るだろ?」
おじいちゃんはまた『外に出なくても』なんて余計なことを言った。
今日のメニューは麻婆豆腐とご飯とナスの漬物。そしてしいたけが沢山入ったお味噌汁だった。
おじいちゃんのお味噌汁はいつも豆腐とわかめと、それからバケモノみたいにデカイしいたけが入ってる。
「しいたけ好きじゃない」
「エリンギだと思って食えばいいよ」
中2の男子に肉の無い夕飯なんて、ソフトな虐待じゃないか。
「そういえばまた手紙が来てたぞ」
「また?」
渡された封筒には俺の名前だけが汚い字で書かれていた。あとはやたらと細かい金額の切手が何枚か貼られている。
封筒を開けるとやはり何も入ってない。
切手と封筒だけの手紙。
そもそもこれって手紙って呼べるのか?
「マジでキショイわ」
「ファンレターじゃないか?心当たりは無いのか?」
俺は黙ってしいたけのお味噌汁を食べた。やはりしいたけはしいたけだ。
エリンギにはならない。
次の日もストーカーからの手紙が届いた。
切手が数枚と宛名だけの手紙。
いったいこれが何の意味があるんだ。
無性にイライラしてきて、破り捨ててやろうかと思った。
「おーいご飯だぞ。動かなくても飯は食わなきゃ」
おじいちゃんの言葉でイライラが頂点に達した。
「うるせーよジジイ!余計な事言うな」
思わず怒鳴りつけてしまった。おじいちゃんが驚いた顔をした、その顔を見て俺も自分自身に驚いてしまった。
自分が怖くて部屋に逃げ込む。
なんであんな風に怒鳴ってしまったんだ。おじいちゃんはこの世で唯一俺を気にかけてくれる人なのに。
父さんはどこかに行ってしまった。
母さんは多分、別の誰かと暮らすのだ。
その内その人と結婚して、新しい家族を持つかもしれない。おそらくそこに俺の居場所はないのだ。
誰も俺を必要としていない。
唯一そばにいてくれるおじいちゃんも年寄りなんだから、そのうち俺を置いて死んじゃうかもしれない。
もしおじいちゃんがいなくなったら、誰も味方はいなくなるんだ。
だから大人にならなきゃいけない。
肉のない飯を食べて、変なプライドも捨てて、引きこもりなんてやめて、父さんと母さんの離婚も受け入れなきゃいけない。
でも上手くできないのだ。
しいたけがエリンギになれないように、俺はこの状況を受け入れられないのだ。
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