切手のある理由

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切手のある理由

「ハヤセ、ご飯を食わないのか?」 部屋の外からいつもと変わらないおじいちゃんの声がした。 「今日はしいたけのお味噌汁じゃないぞ。だから食べなきゃいかんぞ」 「うん」 部屋から出ると、おじいちゃんはいつもの雰囲気でご飯の用意をしてくれた。だけど本当はまだ戸惑っているのがわかった。 ぎくしゃくして恥ずかしくて申し訳なかった。 「ほら、今日はしいたけじゃないお味噌汁だぞ」 手渡されたお味噌汁には豆腐とわかめが入っていた。 『しいたけじゃないお味噌汁』というか、『いつものお味噌汁からしいたけを抜いただけのお味噌汁』じゃないか。 それでもありがたく食べる。 おじいちゃんは今度はご飯茶碗を渡してきた。 「今日はしいたけごはんにしたぞ」 お茶碗にはバケモノしいたけの炊き込みごはんがたっぷりよそられていた。 「しいたけは嫌いって言うんだろ?だったらエリンギだと思って食べればいいさ」 「いや、しいたけは、しいたけだ」 でもしいたけと向き合ってみるのもいいかもしれない。 今の自分と向き合うように。そうできたらいいかもしれない。 ご飯のあとで、NHKのニュースを見ているとおじいちゃんが言った。 「そういえばあの手紙なんだが、一回ちゃんと見せてみろ」 「見てどうするのさ」 文句を言いつつ部屋から宛名と切手だけの手紙を持ってくる。 「ふーむ。そうかそうか、わかったぞ」 「なにがわかったの?」 おじいちゃんは手紙を俺に返した。 「お前オードリーヘップバーンの映画を知らないのか?」 「オードリー?お笑いの?」 「違うよ。昔の女優さんだよ」 「昔のことなんて知るわけないよ。まだ若いもん」 おじいちゃんはムムムと眉をひそめた。 「とにかくヘップバーンの出演作に『シャレード』と言うサスペンス映画があってな」 「それがなんなの?」 「そこにも手紙が出てくるんだが、重要なのは手紙じゃないんだ」 「じゃあ何?」 「切手だよ」 「ヘップバーン演じるヒロインの旦那が亡くなるんだ。そいつが大金を持ってるはずなんだが、遺品にはそれらしいものは何もなくてな。そこからストーリーが展開していくんだよ。 結局ヒロインにあてた手紙に貼ってあった切手がとてつもなく貴重で高いものだったんだ。 つまりこの手紙も、切手に意味があるんじゃないのか? 最初の封筒に貼ってあった鳥の絵柄の90円切手もそうだし、他も普段は使わないような切手ばかり貼ってあるぞ」 意外と名探偵なおじいちゃんの推理に基づいて、俺は自分の部屋で今まで受け取った手紙を並べてみた。 最初の手紙には90円。他に1円や3円の一桁の数字の切手もある。 確かに普段使わなそうな金額ばかり。 合わせて10個の数字になった。 90から始まる10桁の数字? 答えはわりとすんなり導かれた。 「なんか話したい事があったら聞くから。気軽に話してよ。同じ身の上だから気持ちわかるよ」 俺が適当に頷いたあと、河野コウは言った。 「今度番号教えるから、いつでも電話してよ」 0こそ着いてないものの、090から始まる1番身近な番号。それは携帯の番号。つまり河野はわざわざ手紙に自分の番号を知らせるために切手を貼ってうちに届けたのだ。 筋金入りのストーカーじゃねえか。 めっちゃ怖えじゃん。と思いながらも、俺はなんとなく自分のスマホを手にしていた。 「なんか話したい事があったら聞くから。気軽に話してよ。同じ身の上だから気持ちわかるよ」 俺の苦悩とか怒りは誰とも違うんだ。 俺には俺だけの悩みがあって、不満があって不安があってそれは誰とも違うのだ。 河野コウにわかるわけない。 わかるわけないけど…自分の中の苦しい気持ちを、誰かに聞いてもらいたい気もした。 わかってもらえなくても、聞いてもらえたら少しだけ、ほんの少しだけ心が軽くなるかもしれない。 俺は切手のヒントどおり、ストーカーこと河野コウに電話をしてみた。 『もしもし?誰?』 「あ、俺・・・」 『ひょっとして早川?』 「ああ、うん」 『電話くれたんだ。元気にしてた?』 「まあ、うん」 ああいう気持ち悪い手紙を送るなよと文句を言いたかったのに。言えなかった。 『おじいさんの家にいるって聞いたんだけど、ちゃんと飯食ってる?』 「そうだな」 『なら良かった』 「うん」 『っていうか、あの切手が電話番号だってことわかったのか。すごいな!』 「ああ、まあ。シャレードって映画のこと知ってたから。それから閃いたんだよね」 『すごいな、お前』 「それくらいは、まあ常識?」 『かっこいいな。ところで最近はどうしてた?』 「ええと、うん・・・そうだな・・・」 聞いて欲しいことがたくさんあって、何から話せばいいかわからなかった。 「えーと、だから…」 『うん。ゆっくりでいいよ』 河野が上から目線でそう言った。 ムカつくけど、すごくありがたかった。 「お前さ、バケモノしいたけに興味ある?」 『何それ?』 「家に来たら、それ食えるけど」 『じゃあ行く』
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