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雪の日の記憶の断片
昔、カセットテープレコーダーが主流だった80年代。
声や、テレビの音声を録音することが1つのブームだった時代があった。
自分の声を吹き込んだものを再生すると違って聞こえて面白かったことを思い出す。
子供の頃のそんな思い出の中の懐かしい話をある日母から聞かされた。
『あんたがまだ3歳で、生まれたばかりの弟を残してちょっと買い物に出たことがあったのよ。
今なら許されないけどね。
小さな子供を家に残して15分くらいの
買い物とかフツーにやってた時代があったのよ。
それで、カセットテープを録音状態にして
待っててね。ってあんたに言って出かけたの。
帰ってきたら面白いものが撮れてたのよ。』
古びたカセットテープを母が取り出して聞いてみる?と、声をかけてきた。
母と幼い私の拙い声が、再生された。
『お母さんは買い物に行ってくるから待っててね』
『まっててね?まってるの??』
『ゆーちゃん、今日は寒いよ。
お母さんが帰ってきて雪が降ったら、
お外で遊ぼうね。』
『ゆき?ゆーき?ってなぁに?』
『真っ白い冷たいお空から降ってくるものだよ。』
ドアが閉まる音が録音され、母が出ていった様子。
何やら幼い私は歌を歌ってるようだ。
『まっててね。まってるの。まっててね。まってるの。よーちゃん、ゆーきがふるんだってー。
おそとであそぶのーよー。』
『まだかなぁ。まだかなぁ。』
『あ!ことりしゃん。』
『よーちゃんまだ、おかーしゃんかえってこないねぇ。』
『おかーしゃんがかえってこないと、いけないねー。いいこでおるすばん!ばんばんこー。』
幼い私の陽気な歌声が、楽しそうな気分にさせる。
15分回り続けたカセットテープ。
雪の日の思い出は母と庭で遊んだ嬉しかった記憶が薄っすらとあるだけ。
でもこんな録音されたものがあったなんて知らなかった。
『帰ってきたら、玄関まで走ってきて雪降った?お空から雪見えた?って大騒ぎでねぇ。よほど雪遊びしたかったのねー。その日はびっしょりなるくらい雪遊びしたのよ。』
この東京寄りの関東で子供の頃に大雪になった時代があったなんて信じられない。
雪なんて本当に2月にちょっと降るくらいで消えちゃうのにね。
『まさか、あんたが雪国に嫁ぐなんてね。
母さんは思ってもいなかったよ。
これ、持っていきなさいね。』
カセットテープを私に差し出す。
『雪が降るたびに、嫌な記憶じゃなくてね
あんたが、雪の中ではしゃいで嬉しかったことが
思い出されるのよね。私は雪が嫌いだったのにね』
母の寂しそうな顔につられてツンと鼻の奥が苦しくなった。
『お母さん。』
『このカセットテープが、擦り切れてしまう前に聞けて良かったわね。』
『有り難う。』
まだ聞ける時に幼かったころの雪の日の思い出の品を手に入れられて良かった。
きっと私は厳しい雪国の生活も
雪かき地獄にも耐えられるだろう。
だって幼い私はこんなにも雪が降ることを楽しみにしていたから。
思い出は色褪せないままここに残ってる。
『幸せになりなさいね。』
母のしわくちゃな手、もうこんなにも歳を取ってしまっていたのかと切なくなった。
明日、北国へ嫁ぐ私と母の最後の夜。
空から降り出した雪が地面に層になって積もっていた。
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