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松山アケミことあたしはカレシのフーヤとキスをするのが好きです。ディープなヤツが大好きです。一日に三回以上しないと死んでしまうかもしれません。なお、フーヤに幼馴染み属性はありません。高校生になって同じクラスになって知り合いました。あたしは運命の出会いだと思っています。
小さいころからキスには興味がありました。いまでもあたしはヒトの口元ばかり観察します。フーヤの唇を初めて拝んだときは「うぉい! なんて不健康そうな紫色なんだ!」と驚いたものです。ミドルキック一発でぽきりと折れてしまいそうな華奢な身体も好みでした。鬼太郎ヘアと削げた頬がいかにも薄幸そうでそのへんもツボでした。あたしは守られるより守るほうが好きなタイプの女のコなので、すぐに言い寄りますた。告白しますた。
「あたしと付き合いませんかぁ? いまならキスが付いてきちゃうゾ?」
すると、フーヤは答えたのです。
「ぼくの唇、カッサカサだよ?」
そんなの見りゃわかります。
あたしはたっぷりと間を取ってから、「だが、それがいい」と涼やかに微笑みました。
ちゃんと前田慶次みたいに言えたはずです。
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教室でぴちゃぴちゃキスをしています。二人で体育の授業をサボり……背徳感がとてもイイ感じではないかと心の中でムフフと含み笑いです。
フーヤはじつに純朴な好青年なので、胸を揉み揉みしてみたり、おしりをさすさすしてみたり、なんてことはいっさいしません。一生懸命、キスをがんばってくれます。
唇同士が離れ、二人ではぁはぁと喘ぐような息をしたら、またくり返します。心地良くて身体の芯からとろけそうになるわけですが、意識がなんだか混濁してきて目の前もくらくらするわけですが、だからこそ、ひたすら集中できるのです。乾いた唇を潤してあげつつ、乱暴に舌を捻じ込みその小さな舌を「これでもかっ」と愛でるのです。
むかし、あたしがまだ幼稚園のすみれ組さんだったころ、ブルーのスモックがとても似合うサラたそ――こましゃくれた気に食わん友だちでしたが、彼女が言ったのです。
「キスをしたら、妊娠するんだよ?」
マジかーっ、と驚いたものです。当時のあたしはピュアでした。素直だったのです。だから、「むぅ、だとするなら、相手はとことん選び抜かにゃあならんな」と強く思ったものです。がしかし、のちにいまでも大親友のエリカちんからキャベツ畑の話を説かれると、ちゃっかりそっちに乗り換えました。尻軽なのではありません。当時のあたしは超ピュアでした。超素直だったのです。
しかし、「キャベツ畑説」は無惨にも残酷にも打ち砕かれました。罪深き下手人は母でした。小学生の時分におしべとめしべの話を聞かされたとき、あたしは気を失いそうになりました。発狂しそうな勢いで「ちげーよ、ちげーよ、そんなの嘘だ嘘だ嘘だっ!」と怒鳴り訴えました。「嘘だって言えよ、こんちくしょーっ!」と声を荒らげもしました。なのに母は無情にも非情にも「アンタをこさえたときはそれはもうイケたのさ!」などと得意げに宣い、ばっちりブイサインまで作ってみせました。あたしはいよいよ気絶しました。その場に倒れ込みました。深い不快さの中で夢を見ました。夢に出てきたのは飼い猫のゴエモンでした。ゴエモンはとても偉そうに述べてくれました。
「おじょうちゃん、真実はいつも一つなんだぜ?」
わりと渋い声だったことを覚えています。
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放課後、友だちとカラオケです。
狭い部屋でした。みんなで身を寄せ合うようにして座りました。三十分、一時間と経ち、早くもダルダルになってきました。JKなる生き物は総じて飽きっぽくできているようです。
そんな折のことです。
「ポッキーゲームをするのである」
言い出しっぺはエリカちんでした。エリカちんは馬鹿なのかと思いました。あたしを入れて女のコは四人、男のコはフーヤ一人なのです。王様ゲームのようなかたちで「実行する二人」を決めるわけですが、どう考えても百合展開に陥る確率が低くないわけです。しかしエリカちんは強引なところがあるので、「決定なのである」とあっさり言って――なぜか部屋を出て行きました、まもなく帰ってきました。みんなに配られたのは「某赤城○業」の「某ガリガ○君」です。「早く食うのである」とエリカちんは急かしました。残ったスティックをくじびきに活用するようです。わざわざそのために近所のコンビニにまで出向いたのかと、その無駄な行動力にひどく感心させられました。がめついところがあるのできちんと代金を徴収されたことは言うまでもありませんが、ガリガ〇君はしっかりおいしかったです。
いざゲームを始めてみると、やはり百合百合した流れが続きました。レズッ気のあるさっちゃんが交じっていたのがある意味致命的でした。あたしも激しく唇を奪われました。「アケミのリップはマーベラスだから」と以前から狙っていたようでした。とはいえ、徐々に徐々にポッキーが短くなっていく時間はそれなりに楽しく感じられました。ドキドキもありました。だから正直、悪くないなと思いました。ふいに「マーベラス」なる単語が気になったので、あまり賢くないあたしはその意味をこっそりケータイで調べました。結果、なんとなくではありますが、さっちゃんはルー大柴みたいだなとの感想を抱きました。あたしの中でのさっちゃんの評価は爆上がりです。ルー氏は神格化されるべきだとすら考えているからです。
――と、絶望の時間は唐突に訪れました。女のコたちのブラウスやスカートに着崩れが見受けられるようになったころ、ついにフーヤとエリカちんがすることになったのです。なお、着崩れしたのは、みんなでイチャイチャしたからです。胸のデカさはあたしがトップでした。柔らかさはさっちゃんのが一番でした。小ぶりなエリカちんは「きみたちはレイシストだったのだね」などと静かに怒りました。「僕はヒューマニストなんだっ」と語尾跳ねで応じた僕っ娘のシンディはハーフで綺麗な金髪のくせに影が薄いという残念な特徴の持ち主です。ちなみに胸は洗濯板です。かわいそうとか言ったら怒られます。いまは多様性の時代ですから。
フーヤとエリカちんの唇が近づきます。「やめろぉっ!」と声を上げるあたしのことをシンディが羽交い絞めにします。さっちゃんは「マーベラス、マーベラス」言います。阿鼻叫喚の地獄絵図です。フーヤがぎゅっと目を閉じました。顔をぷるぷると震わせますが、覚悟を決めたようにも見えます。「貴様、裏切る気かぁ!!」とあたしは思いきり叫びます。
願いは通じました。ポッキーがもう尽きようとしているところでフーヤは身を引いたのです。スウェーバックです。そのせいで壁に勢い良く後頭部を打ちつけることになりましたが、あたしは彼がしっかり拒んだことに感動を覚えました。エリカちんは「乙女の純情を弄ぶとは」と怖い目をしました。さっちゃんは「マーベラスだわ」としか言いません。きっとマーベラス言いたいだけなのです。シンディに至っては「フーヤ、次は僕とするんだっ」とルール無視の暴挙に出ようとします。
うわぁぁんっ!
フーヤは泣きだしてしまい、部屋を飛び出して行ってしまったのでした。
あたしは慌ててブラウスのボタンを留め、ブレザーを着て赤いマフラーを持ってスクールバッグを手にしてフーヤのあとを追ったのでした。
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フーヤは無駄に足が速いのですが、持久力についてはあたしに分があるので、そのうち追いつきました。小さな児童公園です。背中を突き飛ばすようにして、フーヤをベンチに座らせました。
フーヤはしょんぼりした顔で、言うのです。
「アケミちゃん、ひどいよ。特別な日なのに、みんなでカラオケなんて……」
なんとも女々しい態度に苛立ちながら、あたしは「何が特別なんだよ?」と訊ねました。するとフーヤはいよいよ泣き出しそうな顔をして、「今日はバレンタインデーじゃないかぁっ!」と答えたのです。いくつかまばたきをしたのち、あたしは「……あっ」と声を発しました。ぽかんとなりました。たしかにそうです。バレンタインです。
「やっぱり忘れてたの?」
「い、いあ、そういうわけでもないような気がしないでもないような……」
「じゃあ、チョコレートをください」
「もっ、持ってねーよ」
「うあーん!」
「泣くな、馬鹿っ!」
あたしはフーヤの頭をぽかっと殴りました。ますます泣きやがるフーヤです。あたしはSなのでフーヤのことをいたぶるのが嫌いではないのですが、泣かれてしまうとさすがにめんどくさくなります。泣き止め泣き止め泣き止めと、ぽかぽかぽかぽか叩きます。とはいえ、いじめていても埒が明かないので、止む無く「チョコ、買いに行こう」と提案しました。「好きなの買ってやんよ」と威張るように胸を張りました。「でもなフーヤ、あたしの財布にゃ小銭しか入っていないんだぜ」と悲しい事実を告げもしました。するとなぜかフーヤは「……ポッキー」と呟いたのです。
「ポッキーがどうしたよ?」
「ポッキーゲーム、したい……」
「ああん?」
フーヤは制服の袖で涙を拭うとスクールバッグをがさがさ、ポッキーを取り出したのです。しかもノーマルなポッキーではありません。アブノーマルなポッキーなのです。なんとまあ、アーモンドクラッシュポッキーなのです。たしかにあたしはゴツゴツした太いモノは嫌いではないですが、いや、しかし……。
「ちょ、おまっ、マジで言ってんのか?」
「ええじゃないか、ええじゃないか」
「お、おおぅ、おまえのアドリブには坂本龍馬もびっくりだろうよ」
ポッキーゲーム、フーヤは嫌ではなく、むしろ好きみたいです。
じつはあたしとヤりたかったみたいです。
「しゃあねぇな。受けて立ってやんよ。かかって来い」
「やったーっ」
ぴえん顔からすっかり立ち直ったフーヤは一本出して持ち手のほうをくわえ、目を閉じたのです。どうやらこっちからかかって行かねばならんようです。
ぼりぼり、ぼりぼり。
唇は少しずつ前進します。
ぼり……。
ぼりぼりぼり……。
保育園児然とした少年少女が至近距離で観戦しているのですが、かまわずぼりぼりを続けます。唇同士が触れたとき、驚きました、なんとまあ、フーヤが腰に手を回してきたのです。少年少女が「わぁ」と目を丸くしたのがわかりました――が、あたしだって負けてはいられません。フーヤの首に強く強く両腕を巻きつけました。ハチャメチャなベロチューです。チョコレートとアーモンドが口の中でぐちゃぐちゃに混ざり合って溶け合って――こんなキスは初めてです。
息苦しくなるまで続けて、離れました。
少年少女は「きゃーっ」と走って逃げました。
砂被りは値が張るに違いないのですが、代金の請求はしないでやることにしました。
フーヤはニコニコ、笑顔です。
だからあたしもニコニコです、ニコちゃんマークです。
両手でグータッチをして、一緒に立ち上がりました。
じつはあたしには日記をつけるという趣味があるのですが、今日のタイトルがたったいま、大決定しました。
『超絶サイコーに甘いキスをしたゼ!!(物理)』
夕焼け空の帰り道を、手をつないでゆっくりとゆく、あたしとフーヤなのでした。
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