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二
物書きの繋がりというのは、蜘蛛の巣を張り巡らせたようなもので、Aの知り合いBの知り合いCは、Aとも知り合いである……というように、緊密な繋がりが構築されている。
もちろん、親密さ加減に濃淡はあるけれど、そうした蜘蛛の巣のような関係性は確かにある。そこでは「義理」のようなものが発生することがあり、「知り合いだから小説を読む」ということも往々にしてある。
実際、わたしがSNSを止めたとたんに、もう二度とわたしの小説を読むことがなくなった「知り合い」なんていくらでもいる。薄情だとは思わないけれど、きっと、当時からちゃんと読んでくれていなかったのだろう、という疑念を抱くこともある。
それでも、わたしがSNSを止めても、自作を読んでくださる方は、少なからずいた。わたしは、その方々のことを大事にしなければならない、そのために、書き続けなければならないと強く思っている。もちろん、知り合いの物書きさんだけでなく、わたしの小説を読んでくださるすべての方々のためにも。
『えー、でもさ、SNSに小説の進捗状況を書くから、毎日の執筆のモチベになってたわけじゃん。書いてない日が続くと、サボってると思われるんじゃないか、みたいな緊張感があっていいって、言ってたじゃん』
「でも、心理的なストレスもあったんだよ」
『でもさ、でもさ、〈140字小説〉とか書きはじめて、それもひとつのモチベとか息抜きになってたわけでしょ。それって、SNSありきじゃない。アカウントを消すなんて、もったいなくない?』
「だけど、人付き合いには疲れるし……」
『じゃあさ、まったくの匿名……適当なアカウント名をつけて、誰にもしらせずにSNSをやってみたら? 執筆をしなきゃ、みたいな緊張感は生まれないかもしれないけど、進捗を書くための壁打ちみたいな役割にもなるだろうし、〈140字小説〉だって、まっさらな視線というか、なんの偏見もない状態で読んでもらえるだろうしさ』
「ううん、どうだろう……」
『決まり、決まり。さっそくアカウントを作ってみ?』
「いまから?」
『あーしがいるときに、した方がいいじゃん?』
鹿野は本当に作業をしているのだろうか。喫茶店にいるときのような勢いでしゃべってくる。そのせいもあって、わたしの手が止まることはたびたびだ。
『アカウント名を考えてあげようか?』
「頼むよ」
『とある物書きのアカウント』
「却下。実は大物でした! みたいな種明かしがあると期待されちゃうじゃん。恥ずかしいよ」
『柴島ツメに似てない名前がいいだろうし、じゃあねえ……あーしの名前とミックスしようよ。鹿野唯と荻山洋を組み合わせて、荻山唯なんてどう?』
「ああ……なんか、いいかも?」
『はい、決まりー! さあ、作れ。あとさ、柴島ツメ、イコール荻山唯だと分かるひとが仮にいるかどうかを試すために、どっかの作品のなかで、荻山唯という名前を使ってみてよ。おもしろそうじゃん』
「いやだよ、バれるかもじゃん」
『あーしが生きているうちに、やってよ』
鹿野は、あっけらかんとこういうことを言う。
「縁起でもないから、そういうことは言うなよ」
『洋ちゃんって、絶対にあーしのこと好きじゃん? だから、あーしの言うことは、絶対ね』
鹿野は大病を患っているわけではない。だけれど、こういうことを言われると、ほんとうにそうなるのではないかという不安が生まれてきて、嫌なのだ。冗談まじりに「長くないかも」と言っていた母が、急に病に苛まれてしまったのは、一年半くらい前のことだ。
「あっ、そうだ。鹿野に聞きたいことがあるんだけど」
気持ちの浮き沈みが激しく、感じやすいわたしは、妙に感傷的になってしまったため、さっさと話題を変えることにした。
『ん-、なに? あーしに答えられることならいいけど』
「三次関数の問題で、あってるかどうかわからないところがあるんだけどさ……」
『教えるのはいいけど、もう理系の登場人物とかやめときなって。あーしが死んだら、誰も教えてくれなくなるんだから』
また、そういうことを言う。死なんて、軽く使うなと叱ってやりたい。死期が迫りつつある祖母を持っていると、死というものの重みをよく実感する。だからわたしは、小説においても、死というものとは、真剣に向き合うようになった……と。
しかし、鹿野と話している時間は、楽しい。気をつかわなくていいし、アドバイスも的を得ているし、なにより、芯を強く持っている人と話すと、身が引き締まる。あと、ひとに物事を教えるのがものすごく上手だ。わたしにないものをすべて持っていて、わたしの持っているものもすべて持っている。
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