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三
『あっ、そういえば、「極」の最新話を読んだけどさ、絶対に着地点を見失ってるでしょ?』
「……よく分かるな」
『勝手に師匠だと思っているイラストレーターさんのことばかり考えてしまう。だけどそれは、心理的にとても苦しい。でも、実際にイベントでお会いして、さらに先生とお仕事をしたくなった……だから、そういう〈極〉から逃れられないことを再確認してしまう……わけだから、もうひとつの〈極〉なんて見つからなかったっていうことだよね』
「いや、もともと〈極〉なんて見つけてないんだよ。だから『求めて』というタイトルにしたんだけれど……」
『生成の途中だってこと?』
「そう。でも、こうして生きているかぎり、無限に着地点が先へと伸びてしまう。だって、こうしているいまだって、〈極〉を求めているわけだから」
『どちらにしろ、あーしには、分からない心境なんだよね。ひとつの極に振れちゃうって、ようは、依存ってことでしょ。ある人に依存している状態って、めっちゃしんどいって、子供のころに分かり切っちゃったから、あーしは、あんまり他人に期待しないし、期待されたいとも思わない』
それは、その通りなのだ。だけれど、そう割り切れないひとだっているのだ。鹿野のいう「依存」という状態に陥るはめになって、そこから抜け出せずにもがいているひとたちのために、あの小説を書いているといっていい。
こんなところに、おんなじ苦しみを抱いているやつがいる。よかった、自分だけじゃないんだ……そういう風に思ってもらえるように書いている小説なのだ。
嫉妬のために死ぬほど苦しんで、被害妄想ばかりでくたびれてしまって、絶望のなかにかすかな希望を見出しては、またお先が真っ暗になってしまう。
鹿野には実感できないのかもしれないけれど、人生の選択をこなしているうちに、こんな生きづらい性格になってしまうこともあるのだ。
鹿野との作業通話は夜になる前に終わった。腰の痛みはやわらいできていたが、あまり無理をすると、またぶり返しそうに思えた。ファイルをバックアップしてしまうと、ブラウザを立ち上げて、SNSのアカウントを開いてみた。
フォロワーのいない「荻山唯」という見慣れない人物のアカウント。なにも投稿する気になれなかったが、なんとなしに知り合いのアカウントを検索してみた。傷口の痛みをこらえるときに、その周りの皮膚をつねったりたたいたりするみたいに。
そのひとは、わたしとは違い、「蜘蛛の巣」になじんでいる。今日もまた、たくさんのフォロワーと会話をしているらしい。いったい、いつ小説を書いているんだろう。そういう疑念も消えなかったが、SNSからうかがい知れることだけで、相手を推量することはできないので、きっとどこかで努力をしているのだろうと思い直す。
しかしわたしは、この人物から受けた屈辱を忘れられない。
――――――
××××なくだらない小説。××以下で××の書いた文章。××××は、××××で余生を過ごせばいいと思うから、(中略)×××××××は、もう書くのを止めたら。×××(わたしの同人誌のタイトル)捨てますね。×××の××が書いた文章(繰り返し)。くだらない小説をありがとう。
――――――
大学時代からの知り合い……といっても、別々の大学にいたわけだけれど、おたがいに共通の趣味があり、何度も遊んだことがあった。いまはもう、会うことはなくなったけれど、当時はとても信頼していた相手だった。
一度は、近場に住んでいるからと、イベントで新刊を買いにきてもくれた。しかし、どういう経緯なのかは藪の中なのだが、急にわたしに対して、攻撃的な文章を送ってきた。
一時の気の迷いなのかもしれない。なにか嫌なことでもあったのかもしれない。だけれど、どういう事情があるにしても、わたしだって人間なのだから、傷つくときは傷つくのだ。
この人物の視界から消えたいがために、SNSのアカウントを削除したのは、少し前のことだ。傷はもう癒えたといえば、うそになる。だけれど、もう、どうでもよくなってきている。
これで「蜘蛛の巣」から外れて、自分の「仕事」だけに集中できると思ったからだ。実際、それからというもの、一日の執筆量は増えている。
しかし、わたしは、次のイベントにサークル参加する自信が喪失しつつあった。というのも、次のイベントは、この人物が新刊を買いに来た会場で行われるからだ。いまはどこに住んでいるか知らないけれど、また目の前に現れたらどうしよう。
そのとき、スマホが何度も振動しはじめた。鹿野だろうか……しかし、画面に表示されていたのは、高畑の名前だった。久しぶりに見る名前ということもあり、何事かと思ったが、全身が凶兆で染め上げられる気分がしたのは事実だった。
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