10.その先へ

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10.その先へ

 紘太と初めてキスをした、あの日。  律は、その先に進むかどうかは、『紘太がしたくなったらでいいし。したくないなら、それでもいいから』と告げた。  そう紘太へと伝えたのは、その先の関係性が壊れるのを恐れてのことだった。  幼馴染という安定しきった関係から一歩が踏み出せないことに、先に痺れをきらしたのは律のほうだった。  自分がゲイかもと思う律は、男同士で性的な関係を持つことに抵抗は感じなかった。それは、その対象が紘太だったからだ。他の男性から言い寄られれば、やはり鳥肌や恐怖しか感じられない。  一方、紘太は律の気持ちに気づくまでは至ってノーマル嗜好でしかなかったはずだった。友人同士の間でよくあるY談のように、女性のエッチな話題に至れば、紘太はすっかり照れてしまうような男だし、見ている限りではずいぶんと奥手なタイプだと思っていた。  紘太は本当に男を受け入れられるのかと、律は彼の心境の変化を恐れずにはいられなかった。  初デートといいつつ、いつもと同じ休日を過ごしたのも、この先たとえ、性の不一致によって別れる結果となろうとも、紘太とは今までの関係を継続していきたいがための律なりの予防策でしかなかった。  でも紘太もどうやら律と同じように、男に対しても性的な欲求はある様子だった。それだけは、律にとっても嬉しい事実だといえた。  律だって経験豊富なわけでもなく、単にBL知識だけは人一倍豊富な一般男子でしかない。それでもやはり、紘太とは幼馴染以上の“恋人”として繋がっていたかった。  だからもう一度だけ、律は頑張ってみようと心を奮い立たせる。  明日また紘太の家へと泊まったら、今度こそは…と、新たな決意を胸に律はそのか細いまでの右手をぎゅっと握り込んだのだった。  次の休日には精一杯のオシャレをして、律は再び紘太の家の玄関前に立っていた。手には毎度のお泊まりセットの入ったスポーツバッグを提げている。  呼び鈴を押すと、玄関の扉が開いて紘太が出迎えた。 「来たな。荷物は…これだけ?」 「? …うん」  紘太は律の手荷物を確認すると、自分も同じ様な鞄を持って玄関を出てくる。 「じゃ、行こう」 「……っは?!」  紘太は家の中へと『行ってくる』と伝えると、中からは『気をつけてー』と普通に言葉がかえってきた。 「どこに…っ?」 「…内緒」  腕を引っ張られて、律は連れられるがままに紘太へと続くしかなかった。  電車を乗り継ぎ、いつもとは違う遠出ルートを辿る。窓から観覧車が見えてきて、行き先が大型遊園地だと知れた。 「あそこ?!」 「うん」  駅を降りればもう入場ゲートは目前だった。 「なんでまたここに…」 「初デートの代わり。こないだのは、いつもと変わらなかったろ」 「あ…」  ならばこれは初デートの仕切り直しだということだ。改札を潜り抜けて先を歩く紘太の後ろで、律は顔を赤くさせて俯きながらついて行った。  何気なく言った律のあの言葉を、紘太がちゃんと考えていてくれてたことが、律にはたまらなく嬉しかった。 「律?」  遅れてしまった律に気がついて、紘太が少し先から呼びかけていた。 「うん、ちょっと待ってよ!」  律は頬を上気させながら、紘太のすぐ横へと掛けて行った。  日が暮れるまで園内で遊んだ紘太と律は、ロッカーから荷物を取り出して今夜の宿泊先へと向かっていった。急な遠出で宿もことも心配していた律だったが、あらかじめ紘太が予約を入れていて無事、宿泊先まで辿り着けた。 「ここ、朝飯がうまいんだってさ」  ごく一般的なホテルだった。  宿泊者リストに名前を記入して、紘太と律は部屋へと入るとホッと胸を撫で下ろした。 「はぁ、楽しかった…!」  ツインベッドの一つへと、律は大の字で寝転がった。満足気に今日の出来事を振り返った。 「紘太がこんなサプライズをするなんて、ほんとにビックリしたよ」 「お前は昔から、遊園地が大好きだったからな」 「なにそれ、もしかして小学校の時のこと言ってるの?」  紘太の家族とは家族ぐるみの付き合いで、休日は一緒に出かけたりもしていた。遊園地もそのひとつだ。お互い一人っ子だったから、律も紘太と遊園地に出かけた時のことは楽しい思い出での一つでもある。  紘太はそんな思い出話を始めた律のベッドへと腰を下ろすと、仰向けに寝転ぶ彼にキスをした。 「紘…」  名前を呼ぶこともできないまま、律は久しぶりに口にする紘太の舌先へと触れた。 「う…、ふぅ……」  キスが深まれば律の両手は紘太の首へとまわり、紘太もまた律へと身を乗り出していく。  紘太の手のひらが律の頭を優しく撫でた。  うっとりとその感触に浸っていた律は、紘太のその手の動きにびくりと身体を揺るがせた。  その手は愛しげに律の髪を梳いたかと思えば、今度は腰から腹部へとするりと入り込む。そのまま中を辿るようにして、律の胸元へと這い上がった。 「ふっ! うっ…」  胸の突起に差し掛かり、律はその手を服の上から握り取る様にして止めた。 「紘太…っ! 先にお風呂…!」  けれど紘太は、彼の頭部をホールドしてしまうと、口の奥へと舌を擦り合わせる。 「ん…っ! …う、太っ!」 (え…? う…嘘…?!)  律は本格的に焦り始めた。 「ちょっと、待って…っ!」  唇が離れた一瞬をついて、律は慌てるように紘太を制止させようとした。  律の腰のパンツへと手をかけて、紘太は律の衣類を脱がし始めた。 「紘太、だめ! 先にお風呂、しよ!」  今日は遊園地でいっぱい汗をかいてしまっていて、さすがに律はこのまま事をすすめるには恥ずかしくて仕方がなくなってしまう。 「…いい、このまましたい」  紘太の頬も赤みがさして、律への欲求を隠せずにいた。もうこのまま律を抱いてしまいたくてたまらなくなる。 「ダメ…! 汚いから…っ」 「汚くなんか、ない」  何を言っても、紘太には聞き入れてもらえなさそうな雰囲気だった。男同士のセックスは、女性とは違う器官を使用する。律はたまらず、心の不安を紘太へとぶつけてしまっていた。 「だめっ! もし…僕のことが嫌になって、紘太がやっぱり女子がいいって気がついたら…っ」  男同士なんかより、女のほうが良いと思ってしまったのならば…と、律の心は不安のピークに達する。 「そうなったら…僕はこの先、紘太のどの位置に居られるの?!」  不安のあまり、律の瞳には涙が浮かび上がっていた。上擦る声が、更に涙を誘う様にして嗚咽を伴った。  紘太はさすがに手を止めて、目元を隠しながらも涙を流す律を見下ろした。 (そんな心配まで…)  それは律がずっと抱えていただろう、どうすることもできない不安だった。きれいな涙を惜しみなく流す律に、紘太は胸が苦しくなる。 「待て。律よりも女がいいだなんて、絶対にない。俺は律が良いし、お前はすごくかわいい」  どう言えば律に信じてもらえるのか。紘太は律の目元を隠そうとする手を退けると、その瞳から流れる涙を勿体なさそうに舐め取る。嗚咽を飲み込もうとするその唇をも塞いだ。 「ふ…っ、う…」  しゃくりあげる律が落ち着くまで、紘太はその唇を啄んだ。 「じゃあ…律。一緒に入ろう」  落ち着きを取り戻した律を抱き抱えると、紘太はそのままシャワールームへと入っていった。  律の身体を丁寧に洗ってやるうちに、律の表情も安堵を見せる。いつの間にかシャワーを浴びながらも、二人はまた目を合わせれば唇を重ねていた。  紘太は律の腰をとって自身へと引き寄せると、お互いの屹立する下肢が重なるのも構わずに律の後ろの穴へと指をあてがった。 「あっ! 僕が…っ」  自分で準備をすると言い出した律には構わず、紘太は事前にネットで調べた知識を使ってそこを丹念に馴染ませていった。 「…っあ、紘太…っ」  律の足がガクガクと耐えきれずに震え出した。自然とお互いのモノを擦り合わせるようにして更なる刺激を求めて擦り付けられる。  律の身体がフニャリと力をなくして、浴槽の淵へと力無く捕まった。 「律、入れるぞ」 「うん…」  律の背中が痛くならないようにと、紘太は彼の腰を持ち上げて浴槽に掴まらせた。白く細い腰を抱えると、紘太は緩んだその穴へと自身をあてがった。  思いもよらないほどの衝撃で、紘太のそれは律の中へと入り込んで突き上げた。 「……っ! あっ!!」  律の中の、信じられないところを紘太のそれで突かれて、律は思わず目を瞑って唇を噛んだ。硬直してしまった律のその頭を、紘太は一度だけ撫でつけた。 「紘太…?」  目を開けて背後の紘太を心細そうに呼べば、紘太はまた腰を引いてゆるりと突き上げる。それは次第に速さを増していった。 「ん…っ! ふ…うっ!」  律から漏れる吐息が深くなった。  その突き上げる中で、律の声音の変わる部分を擦り上げるとその腰はびくりとまた一際大きく跳ねあがった。 「は…っ! あ…っ、紘太…っ!」  腹の奥を締め上げるようにして、律は自身を吐精させる。その、ビクビクと痙攣させる身体の中へと、紘太もまた誘われるように吐精させた。  律の背中へと覆い被さるようにして、紘太は己の胸を彼の背中へと覆い被さった。荒い呼吸を整える紘太の胸が、波を打ちながら心音とともにダイレクトに律へと伝わった。 (紘太って、…こんなんだっけ…?)  ぼうっとした頭で、律はそんなことを思った。  もぞりと、背中へと抱きついた紘太が身体を起こす。 「律、…今度はベッドでしてもいいか?」 「っえ?!」  まだ呼吸も落ち着かないというのに、紘太は律を身体ごと抱き起こす。愛しそうに、その肩へと唇を押し当てた。 (わ…っ)  律は今でさえ身体に力がはいらないというのに、紘太はそんな律を支えるようにして請い願った。  そんなふうに言われてしまえば拒否などできようもなく、律は応えるように身を乗り出して紘太の唇を舐めとった。  クタクタになってしまった身体を拭きあげて、紘太たちはようやく布団へと潜り込んだ。シングルベッドは窮屈ではあったものの、抱き合えばそれも解消された。  律は紘太へと抱きつきながらも、はぁ、と吐息を溢した。 (紘太って、わりと淡白な方だと思ってたけど…) 「まさか、こんなに…」  紘太とは幼馴染であるにもかかわらず、律は彼の隠れた性欲に完膚なきまでに抱き潰された形となった。 「ごめん…止まらなくて…」  若さ故か、紘太は律の乱れた姿を前にして、どうにも制御が効かなかった。普段はむしろ、律の言う通り淡白な方だとさえ自負するほどであったが、好きな相手を前にすればそれはひどくあっけないものといえた。 「…大丈夫か?」 「うん」  けれど、明日のことを考えれば少しばかり心配にもなってしまう。律は顔を顰めながらモゾモゾと布団の中で身じろいだ。 「ここのチェックアウトは13時だから、ゆっくり出ればいいさ」  紘太はぐったりしている様子の彼の前髪を指で梳いてかきあげると、その額へと唇を押しあてる。今更ながら、この紘太は淡白どころか、ひどく甘い男なのかもしれないと律は思った。いつだって一緒に育ってきたというのに、こうも意外な一面をみせられては、律はさらに深みへと嵌ってしまいそうな予感さえ感じた。  紘太といえばもとより律には過保護なほうで、それが友情から愛情という形に変わっただけの話でしかない。 「…ところで紘太。家のほうには、今日のことはどう話してあるの?」  温かな布団の中で、律は目を擦った。眠る前にこれだけは聞いておかなければと紘太を見上げる。 「あぁ…。気晴らしに、律と泊まりで遊園地に行ってくるって」 「………」  間違いはないその説明に、律は苦笑いを浮かべただけだった。  多分、紘太の両親は、律が幼い頃から紘太のことを恋愛対象として好きなのだと気がついているだろう。それが成就するか否かは二人次第で、律のことも陰ながら応援していてくれる、律にとって彼の両親はそんな存在に感じていた。  そして紘太もまた、息子の想いを既に知られてしまっているだろうことに両親…とくに母親には居た堪れなさを感じてならなかった。けれど、この旅行を許してくれた両親に紘太は心から感謝せざるをえない。 「帰りに、お土産をみて帰ろうよ」 「…そうだな」  律の提案に、紘太も相槌を返す。  今日のところは、二人でぐっすりと眠ろう。明日は美味しいと有名なこのホテルの朝食ビュッフェを楽しんで、ゆっくりチェックアウトをしよう。  想像以上に凄い初デートになったものだと感動しながらも、律は今日一日分の疲れを身体にしっかりと感じ入る。その重たいまでの身体とともに、律は彼へと寄り添った。  紘太の腕の温もりは、やはり律にとっては安全基地そのものだ。  今日という日が終わってしまうのを残念に思いながらも、律はウトウトと瞼を閉ざしていった。 おわり。
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