7.未熟

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7.未熟

 どちらの腹の虫が騒ぎ始めたのか、二人は空腹を満たそうと昼食をとることとした。今日のランチは、律の母親が持たせてくれたサンドイッチに、コーヒーを淹れて食べることにする。量は父と母が不在なこともあって十分に足りていた。 「午後からは、どっか行くか?」  紘太は五つ目のサンドイッチを頬張りながら、律へと問いかけた。律の母親のお手製BLTサンドは、喫茶店で食べるサンドイッチにも劣らないほどの美味しさだった。 「うん。いいよ。…あ、でもこれって、初めてのデートになるね」 「ゴフッ…!」 (デ、デート…?!) 「ちょっと、紘太。ゆっくり食べなよ」  サンドイッチはみずみずしい野菜を挟み込んでしっとりとした味わいだったが、律のそんな言葉に思わず咽込んでしまう。 (そ、そうか。初めてのデート…うん)  紘太は思わず考え込んでしまった。律と出かけるなんて、当たり前すぎて思いもしなかった。やっぱりここは、初デートっぽいスポットにしたほうが良いのだろうか。 「あ、僕ね! あの映画観たかったんだー」  律は観たい映画をスマホで検索して紘太へと示してきた。 「あ…あぁ。じゃあ、それ観るか」  あっけなく初デート先が決まってしまった。律は嬉しそうな顔をしてコーヒーを啜っていた。  これで、良かったのだろうか。 (まぁ、律が喜んでるなら、いいか)  一瞬、戸惑いはしたものの、紘太も気を取り直して残りのサンドイッチへと手を伸ばしていった。 「はぁー面白かったぁ!」  映画を見終わったら、いつもの流れでゲームセンターへと向かっていた。ひととおりゲームを楽しんだ後は、書店や洋服店へ立ち寄ったりする。帰りも律のリクエストでお気に入りのラーメン店で食べて、二人は紘太の自宅へと戻った。  何でもない、いつもの休日と変わらない同じルートだった。 (これで良かったの…か?)  律は“初デート”だとか言ってたが、言うほど気にはしてはいない様子だった。 (それにしても…)  帰り道。紘太は律との変わらない空気感に引っかかりを感じてならなかった。  午前中はあれほど濃厚なまでのキスをしたというのに、二人の関係は親友から恋人になった割にはさして変わりがないようにも思えた。外では手だって繋ぐことはしなかった。  ただ違うと感じるのは、時折り律から垣間見える魅惑的な眼差しだった。 「今日は一緒の布団で寝ようよ、紘太」  そんなことを言う律は、やっぱり紘太を魅了するような目をしている。 「…今日も、だろ」  前回も抱き枕同様、自分に抱きついて眠っていたのだからと、紘太は言い返したものの以前とは関係性が変わってしまっている。 (男同士って、あれは…どうすりゃいいんだ?)  凡そのことは同じ男として分かってはいたが、順序や段取りはイマイチ想像がつかない。 (ゴム以外にも、何か必要なものがありそうだが…)  あとでこっそりネットで調べてみるかと紘太は考えた。  律といえば、やはりいつもと変わらない調子で、紘太へと軽口のように話した。 「うん。今日も背中に抱きついて寝るもんねー」  その言葉に、紘太はそれが確信犯だったと知る。 「…お前なぁ……」  今まで紘太が散々になりながらも堪え忍んできたことが、バカらしく思えてきそうだった。  律との関係は変わったようで、一見変わらない。けれど、やはり二人の間にはどこからか甘い空気が漂い始めていた。    玄関の鍵を開けて入ると、中は案の定真っ暗だった。今頃、紘太の両親は取材旅行といいつつも仲良く温泉を満喫している頃だろう。  紘太は部屋の明かりを付けて、律をリビングで待たせた。風呂の準備をすると、自室に客布団も出しておいた。紘太が小学生の時なら二人で寝ても余裕のあったベッドは、小学生の頃とは違う大きな身体では、寝返りだって打てそうにない。  律が先に風呂に入っている間に、紘太は先ほどから考えていた『男同士のセックス』の検索を始めた。  丁寧な解説のほか、様々な動画が上がってくる。知らない男同士が絡んでいる姿には興奮こそしないものの、それが律だったならばと考えただけでもう、紘太の下半身のそれが屹立してしまいそうになった。 (まずい…)  自分だけが勃ち上がっていては律にだってドン引かれてしまいそうだ。紘太は慌てて動画を消して心頭滅却とばかりに心を鎮めようとした。 「紘太、お先ぃ」  スウェット姿に、頭にはタオルを被った律が風呂から上がってきた。 「お、おう」  ちょっと緊張してしまうのは、やっぱり先ほどの動画のせいだ。紘太は逃げるようにしてリビングを出て行った。  風呂から上がると、律はもうリビングから紘太の部屋へと入ったようだった。紘太も一階部分の電気を全て消して二階へと上がる。部屋では、律はいつものようにベッドでゴロゴロと横になっていた。 「あ、来た」  律はベッドから床へと敷かれた布団まで転がりおりて寝転ぶと、一緒に寝ようと掛布団を持ち上げた。  二人で布団に包まれば、また以前と変わらない様子でピタリとくっついてくるだけだった。そんなことをされてしまえば、紘太だって男でもあり、限度ってものがある。 「…なぁ、律…」  また律とキスをしたくなる。  そんな雰囲気を察知して、律も紘太へと寄せていた顔をあげると、自分から薄く口を開いていった。  風呂上がりの律からソープの香りがして、彼の頭を引き寄せただけで下半身のそれは隆起してしまう。熱った頬はいつもより赤みが濃いほどで、唇は小さいながらも魅惑的なまでにふっくらとしている。 (律ってこんなに色っぽかったっけ…)  吸い寄せられるように紘太はその唇を塞いだ。  苦しげに律は口をずらすと、それを咎めるようにして紘太は封じる。下唇を美味しそうに含むと、それでは足らないとばかりに律の中の舌を擦り上げた。 「ん……っう……、待っ…」  床へと敷いた布団へと、律を組み敷いた。  一旦離れたら律と目があって、律は恥ずかしそうにやはり横を向く。  律の足を割るように入り込んだ紘太の下肢で、スウェットパンツの中で屹立するそれが律の足へと触れていた。 「それ、僕でも勃つの?」  律は目を逸らしながらも、紘太に確認をとる。 「当たり前だろ。…でも、正直なところ、男同士ってどうしたらいいか、わかんねぇのな…」  どうしようか?と紘太は組み敷いた律へと問いかけた。 「紘太は、女の子にするのと同じようにすればいい」  ということは、律はやはり女役という立場にいるようだ。BLでは『ネコ』というのだったかと、母の書籍で読んだ知識を思い出した。  でも、紘太は女性ですらそんな経験はなかった。 「お前だって分かってんだろ…。俺は女とだってしたことなんか…」 「うん。紘太がしたくなったらでいいし。したくないなら、それでもいいから」 (……え?)  律は自分の身体を起こすと、驚いた顔をする紘太の唇へとキスをした。 「僕は、紘太とキスできるだけでも嬉しい」  律は、紘太が好きだという。  その“好き”は、どういう意味だろうか。  紘太の内に疑問が掠める。仲の良い兄弟や、幼馴染を誰かに取られるかもしれないというただの独占欲なのか。キスだって、思春期ゆえの好奇心が勘違いさせているだけなのかもしれない。 「お前、本当に…」 (俺に抱かれても、いいのか?)  声が届くかもわからない小さな声で呟いた。 「…? なんて言ったの?」 (俺は、そんな律に手を出してもいいのか…?) 「―――いや、何も…」  律はこの先を続けるなら、紘太がしたくなったらすればいと言う。それは、紘太にその意志があれば先に進んでも良いという意味だろう。 (俺は律を、こんな簡単に扱ってもいいのか?)  大切な幼馴染であり、大切な親友でもある律。一時の勘違いかもしれない律の気持ちに便乗して、紘太が穢してしまってもいいのだろうか。  そんな思いは、紘太を立ち止まらせるには十分だった。 「今日はもう…寝よう」  身体の中は相変わらずドクドクと脈を打ちつけて流れている。下半身に集中する欲を鎮めようと紘太は律から背を向けた。その背中へと、律はトンと額を押し当てた。 「…うん」  このまま勢いで突き進むには、まだあまりにも二人は未熟でしかなかった。  
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