春死なむ

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 自分が何を言ったのか気づいた時には、もう遅かった。口元を押さえたところで、一度外に出てしまった言葉が、今さら戻ってくるわけもない。ざっと血の気が引いていく。 「『斬れない』?」  直澄の平坦な声が恐ろしかった。  その目に軽蔑の色が浮かんでいたら。  落胆が滲んでいたら。  そう思うだけで恐ろしくて、目を見ることができなかった。ふらりと立ち上がった幻乃は、直澄から逃げるように数歩後ずさる。   「くそ……、くそ、くそ、くそっ!」    自分で自分が口にしたことが信じられず、ぐしゃぐしゃと髪をかき乱す。  否定するための理由を必死で探す。  自分はずっと、直澄との斬り合いを望んできたはずだ。誰より強いこの男の、事切れる瞬間の表情を夢想して、焦がれるようにその時を待ってきた。そのためだけに腕を磨いて、争いを扇動して、町を藩とを血で染めたのではなかったか。  幻乃の愛するものは刀だけ。余計な情は、判断を誤らせるだけの不純物だ。  自分が自分であるために、そう在りたいと思っていたし、そうでなければいけないとも思っていた。  だって、直澄が賞賛し、復讐の対象としての執着を向け、再戦を望んだのはそういう男であり、それが間宮幻乃という人間なのだから。 「違う。違う違う違う! こんなはずじゃなかった! これじゃ俺は、何のために……!」  腹の傷跡を掻きむしるように爪を立てる。一度目に受けた傷が癒えるまでの間に、すっかり染みついた仕草だ。直澄に斬られた傷をこうして確かめるたび、想いを募らせてきた。  けれどそれは、こんな想いではなかったはずなのに。   「俺は……あなたと斬り合いたかった。それだけだ。ただ、それだけなんです……!」 「ああ」  震える声でそう吐き出した幻乃を、直澄は否定しなかった。   「ただもう一度でいいから、本気で、命を掛けて、斬り合いたかった。あなたの前に、立ちたかった。後のことなど知りません。何人、何十人を巻き込んででも、あなたに俺を……俺だけを見て欲しかった……!」 「分かっている。……お前は本当に、どうしようもない」  自嘲するように吐息だけで笑って、直澄はゆるりと頭を振った。   「……俺も、人のことを言えた義理ではないか」
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