春死なむ

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 ゆっくりと身を起こした直澄が、一歩ずつ距離を詰めてくる。そのたび幻乃は、逃げ場などないのに、無意識のうちに後退っていた。  狭い小屋で追い詰められるのなんてあっという間のことで、ついには扉に背が触れる。  頑なに視線を上げない幻乃の顎に手を掛けて、直澄は強引に幻乃の顔を上向かせた。こちらの意思などお構いなしの傲慢な振る舞いに、反射的に顔を歪める。  その瞬間、視線がぴたりと合わさった。  普段通りの仏頂面のくせに、目だけがぎらぎらと愉悦に輝くその表情。たまらず舌打ちをして睨みつければ、直澄は心底おかしそうに口角を上げた。 「俺は斬れない。お前も斬れない。……馬鹿げた話だ。俺たちは、よく似ているな?」 「……最悪ですよ」  息がかかりそうなほど近くで睨み合う。 「本当に、最悪だ……!」  言うが早いか、幻乃は力任せに直澄の首を掴んで、噛み付くように口付ける。  冷え切った唇は、煤と血に濡れた最悪な味がした。  重ね合わせた唇のあわいに、粘膜の柔らかさを感じる。触れ合った舌に直澄の体温を感じた瞬間、理性が焼き切れた。両手で直澄の頭を抱え込み、幻乃は飢えたように直澄の血の味を貪る。  血管が切れそうなほど興奮しているのは、幻乃だけではないらしい。直澄は頭蓋骨を握り潰す気なのかと思うほど強い力で幻乃の後頭部を引き寄せると、荒々しく背と腰をかき抱いてきた。 「は……ぁっ!」 「幻乃……っ」  何度も何度も角度を変えて、激しい口付けを繰り返す。呼吸の合間さえ見失うほど、夢中になっていた。興奮はおさまるばかりか一層煽られるばかりで、いつしか全力で走った後のように息が上がっていた。 「盛ってる余裕は、……っ、あるんですか」  今この瞬間、すべてを忘れて、目の前の男とふたりで死ねたなら。  熱に焼かれた頭に浮かぶ愚考を抑え込み、幻乃は問いかける。ここがまだ町中ならば、悠長に遊んでいる場合ではないはずだ。  敵前逃亡に命令違反。味方殺しに友軍殺し。幻乃も直澄も、余罪をあげればきりがない。夜闇と混乱に乗じて身を隠さねば、逃げきれなくなる。  獣のような目をした直澄は、幻乃の首元で荒い息を吐きながら、「夜明けまでは誰も来ない」と短く答えた。   「麓の旅小屋だ。夜に雪山を下りるものが他にいるとは思わない」  押し殺した声で答えながらも、直澄は切羽詰まった様子で幻乃の袴を剥いでいく。待てないのだと、目と声と動作のすべてが物語っていた。喉の奥で笑っては見たけれど、幻乃だって同じだった。過ぎる興奮に手が震え、自分の服さえろくに脱げない有り様だ。 「は……っ、雪山を歩いてきたんですか? その傷で? 馬鹿じゃないですか?」 「死ぬなら死ぬで構わないと……、そう思っていた。つい先刻までは」 「今は違うと?」  剥き出しになった幻乃の肩を扉に押し付けながら、直澄は据わった目をこちらに向ける。 「……惜しくなった。お前、に、……は、っぁ、手が届くのだと……そう思ったら……!」 「は……っ! なんですか、それ……っ」  熱く湿った舌が首筋を舐め上げていく。身を震わせながらも歯を剥くように笑って、幻乃も直澄の袴を引きずり下ろした。    目の前の男が欲しくて、どうにかなりそうだった。見上げれば自分の鏡のように、欲望にぎらつく瞳が一心に幻乃を見つめている。それだけで、絶頂してしまいそうだった。  肌を重ねることにどれだけの意味があるのかなんて、分からない。けれど、言葉では間に合わないことだけは確かだった。体を這う手がまどろっこしく思えて、わざと肩の傷口を押すようにして直澄を押しのける。脱がせた袴の間から取り出した直澄のものは、すでに熱くそそり立っていた。  浮き出た血管を指でなぞりながら上目で見上げれば、直澄はもどかしげに肩を揺らす。そういう顔を見ると、嗜虐心をそそられてならない。  互いに座りもしないまま、隔てるもののない肌を触れ合わせる。たったそれだけで、ぴくりと揺れた性器の先端から雫が湧き出てくるのだから、笑いそうになった。    ずるずるともつれ込むように、ふたりして冷たい床に座り込む。体を高めるための行為さえじれったいと感じているのは、幻乃だけではないらしい。腿を撫で上げた直澄の手が、強引に幻乃の腿を割り開いていく。  乾いた指で後孔に触れて初めて、濡らすためのものがないことに気が付いたのか、育ちに似合わぬ品のない舌打ちが聞こえてきた。見たこともないほど余裕を失っている直澄に吹き出しそうになりながら、幻乃は剥ぎ取られたばかりの袴を足で探り、見つけた軟膏を投げ渡す。  まぐわいもろくに知らぬ童子かと揶揄ってやりたくなったけれど、開いた口から出たのは、直澄に負けず劣らず切羽詰まった声と、およそ正気とも思えぬ熱い吐息だけだった。 「さっさと……してくださいよ……っ、この、愚図……ぅ……あっ」 「本当に……、聞くに、耐えない……! 俺にそんな口を聞くのはお前くらいだ。昔も、今も……っ」 「気に入らないなら、塞いでみてはいかがです? ――んっ」    飽きずに口吸いを繰り返しては、互いの体をまさぐりあう。きしみとともに後孔へと埋め込まれた直澄の指が、性急にその場所を拡げようと忙しなく動いていた。  解されるのを待つのすらもどかしい。軟膏が塗り込まれるや否や、幻乃は直澄のものを片手で掴み、急かすように自らの尻へと押し当てた。
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