春死なむ

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 どちらのものかも分からない、荒い吐息が耳につく。飢えたような目をした直澄を見ると、余計に我慢が効かなくなった。  背を支える直澄の手に体を預けながら、幻乃は逸る心を宥めて、ゆっくりと腰を降ろしていく。ずぶずぶと埋め込まれていくものが、幻乃の体と心を、ともに満たしてくれる気がした。興奮にこぼれかけた唾液を、音を立てて幻乃は飲み下す。   「あ、……っん、直澄、さん」 「幻乃……っ!」  舌を出して誘えば、噛みつくような口付けを与えられた。思うがままに腰を揺らし、今にも弾けそうな己のものを直澄にすり付けると、足が震えるほどの快楽を感じる。わざと締め付けるたび、歪む直澄の表情がたまらなかった。 「は、いい顔、ですね」 「お前は……っ」  引きつった顔をした直澄を、止める間もなかった。腰を強く掴まれたかと思えば、直澄はそのまま幻乃の体を抱え上げ、力任せに立ち上がる。 「……う、わっ」  背を叩きつけられるように、体を壁に押し付けられる。慌てて直澄の首に手を回せば、直澄はその大きな手のひらで、幻乃の背と尻をしっかりと支えてくれた。 「馬、っ鹿じゃないんですか……っ、こんな……、ひっ!」 「馬鹿で結構。お前は、自由にさせると……ろくなことをしない!」 「腕! 俺は、殺す気で刺したんですよ……!」 「十年前から背も伸びていないような狐一匹、片腕だけで事足りる!」 「はあ? ……くそっ」  揺れる足が心許なくて、両足を直澄の体に絡めると、交わりが一気に深くなった。ぞわりと下肢に走った甘い感覚に、幻乃はたまらず声を上げる。 「あ、深……んっ! あぁ……、うっ、ひあっ」 「は……っ」  主導権は完全に直澄の手にあって、幻乃にできることといえばただ、突き上げられるたびに走る快楽に啼くことだけだった。蕩けきっただらしのない声が、飲み込みきれない唾液とともに勝手にこぼれていく。己の媚びた掠れ声を恥じる間もなく、耳元で直澄が、笑い声なのか喘ぎ声なのかも分からぬ甘やかな声をこぼすものだから、聞いているだけで達してしまいそうだった。 「幻、乃。幻乃……! 俺は、お前が欲しかった。きっと、ずっと、欲しかった……ん……っ、は、あは……、はっ」  笑いたいのか泣きたいのかも分からぬような見るに耐えない顔をして、直澄は幻乃を見つめていた。その目で焦がれるように見られると、身も心も疼いてたまらなくなる。  直澄の隻眼は潤んでいた。興奮のせいなのだろうと思ったけれど、瞬きをした次の瞬間、赤く染まった目の縁から、一筋の涙がこぼれ落ちていく。    あ、と思った。  こちらを刺すような鋭い視線。恥じることもせずに流される涙と、潰れて開かない左目。  クナイを見せると反射のように緊張感を纏わせる、おかしな態度。まるで誰かの言葉をなぞるように投げかけられた、刺々しい言葉の数々。  適当に遊んで逃してやろうと思ったのに、切っても切ってもしつこく追い縋ってきたあの執念。  どれもこれも、覚えがある。 「あは……、はははは!」  思い出した瞬間、笑いが止まらなくなる。  恨まれているのも当然だった。   「ああ……戦場で泣く馬鹿なガキが、いましたね。あの日は虫の居所が悪くて、痛ぶってやった覚えがあります。……なるほど、たしかに十年前だ。立派に育ちすぎて、ちっとも気づきませんでした」  直澄がかすかに目を見開いた。その瞳の淵から流れ落ちる涙を舌で舐め取って、幻乃は笑う。 「あのお子さまが、よくもここまで強くなったものだ。あの時殺し損ねて、本当に良かった……! そうは思いませんか、直澄さん」  額を合わせて微笑みかければ、ぷつりと理性を切らしたかのように、直澄の瞳孔が広がる瞬間が見て取れた。  揺らされるたびに響く腹の傷の痛みは、もはや快楽の一部でしかない。己を負かした強い男に好き勝手蹂躙される屈辱が、倒錯的な快感を幻乃に与えてくれた。同じだけ、同等の屈辱を直澄に与えてやりたくてたまらなくなる。この気の狂いそうなほどの快楽を分かち合うには、そうするしかないのだと、馬鹿になった頭がやかましく喚いていた。  直澄の背に手加減なしに爪を立てながら、幻乃は衝動に抗わず、舌で直澄の頬の傷口を抉る。まだ血も乾いていない傷を舌先で(ねぶ)り、吸い付き、――やがて、幻乃の舌は、直澄の片目を奪った古傷へと辿り着いた。 「ずっと、覚えてたんですか」  繋がっている場所から溶けてなくなってしまいそうな快楽の中で、息も絶え絶えに幻乃は呟く。
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