春死なむ

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 どうやら意識を飛ばしていたらしいと気づいたのは、直澄が幻乃を抱えたまま、床に座り込んでからのことだ。身を起こそうにも、甘い痺れが全身に走り続けていて、ろくに動けない。幻乃の中で直澄も達したのか、尻の中に埋め込まれたものは、わずかに硬度をなくした代わりに、ぬめりを多く帯びている気がした。 「は……、は……ぁっ、死ぬ……」    ぐてりと全身の体重を直澄に預けてもたれかかる。床にあぐらをかいた直澄は、繋がったまま軽々と幻乃を抱え直した。  幾ばくかの冷静さを取り戻した頭で、本当に馬鹿だ、と幻乃は含み笑いをこぼす。  自分も直澄も、何をしているのだろう。互いの体に巻かれた布にはおびただしい量の血が滲んでいるし、ただでさえ上等な状態とは言いがたかった着物は床の上でぐちゃぐちゃになっている。  事後の気怠い空気に身を浸しながら、幻乃はぼんやりと口を開く。 「命が惜しくなった、と言いましたね。死ぬ気がないと言うのなら、直澄さんは、これからどうするおつもりですか」 「……戦が終わる前に都に向かう。乱れた世ならば、居場所をくらませるのは難しくない」 「なるほど、無謀だ。この雪の中を逃げ切るのもそうですが、戦乱の中をその体で通り抜けるのだって無理がある。逃げ切ったあとの拠点だって必要でしょう。……軍にでも入るおつもりですか?」 「他人の下につくのは性に合わない。手持ちの拠点に、別の名義で管理していたものがいくつかある。検問さえ抜けて中に入ってしまえば、どうとでもやりようはあるだろう」  乱れた世には、行き場をなくした者が必ず溢れるものだから。  当たり前のようにそう言い切れる豪胆さに、憧れずにはいられない。この先の見えない時代で、直澄には何が見えているというのだろう。何の根拠もないのに、聞いているだけで不思議となんとかなりそうな気がしてくる。藩主の直澄は死んだと言うけれど、上に立つ者しての生き方は、骨の髄まで染み付いているのだろう。    それに引き換え、自分はどうだ。他人を巻き込み、不幸と争いを撒き散らした挙句に、本懐さえ果たせぬまま、標的に情を移してこのざまだ。ほとほと嫌になる。   「俺は……、どうしましょうかね。戦がまだ続くなら、どこかの私兵にでもなりましょうか」 「死ぬために?」 「斬るために。一番斬りたかったお方を、斬れなくなってしまったものでね。途方に暮れています」 「やるべきことがないのなら、ともに来るか。幻乃」 「……!」  耳元で吹き込まれた言葉が信じられなくて、硬直する。固まっている幻乃の頬を手で包んだ直澄は、ぐいと幻乃の顔を上げさせると、こつりと互いの額を合わせてきた。  悪巧みをするような凶悪な顔。その瞳があまりに強い光を宿しているものだから、目が離せなくなる。震える心をさらけ出すように、幻乃は唇を戦慄かせた。 「……俺で、いいんですか」  上擦る声がみっともない。期待を隠せていない、浅ましい幻乃の声を、しかし直澄は嬉しそうに受け止めた。 「お前がいい。言ったはずだ。生かした責任は取ると」  思わず浮いた手を数秒宙に彷徨わせて、――迷った挙句に、幻乃は直澄の手に、そっと自らの手を重ね合わせた。
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