春死なむ

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「安息とは無縁の人生を歩む覚悟があるのなら、俺とともに来い、幻乃。名を捨て、家を捨て、どれほど遠くに行こうとも、人の恨みはついて回るだろうがな。数えきれないほどの命を奪った報いを、きっといずれは受けることになる。まともな死に方はまずできないだろう。それでも、来るか?」 「それを俺に聞きますか? 人を騙して、扇動して、斬り殺すのが生業だった俺に?」  間髪入れずに言い返し、幻乃は言質を取るように問いかけた。   「俺は、落とした首の数を金のために競ったこともあれば、自分の楽しみのために人を無意味に嬲ったこともあります。今回だって、自分の欲のためだけに戦場を作りました。およそまともな良心のない人間だということは、自覚しています」 「知っている」 「その俺を、本気で欲しがると言うんですね?」 「そう言っている」 「俺は……重い方だと思いますよ」 「奇遇だな、俺もそうだ」  違いない、と笑った途端に、わけも分からず涙まで出てきた。切られた腹が痛くてたまらない。  ひとしきり泣き笑いをしたあとで、幻乃は直澄を睨みつけて、挑発的に口角を上げた。 「……いいですよ。ご一緒します。連れて行ってください。手始めに、どこまで生きて逃げられるか試しましょうか」 「そうだな。まずは、春を目指そうか」 「春?」  思いがけない言葉に眉を顰める。幻乃の髪を指に巻きつけて遊びながら、直澄はなんてことないように頷いた。   「お前は三つの季節をここで過ごしたが、この地の最も美しい季節を見逃した。生きるにも死ぬにも、春以上の季節はない」 「春って……都なり関所なり、もっと具体的な目標が出てくるかと思えば……意外と夢想家なんですね」 「悪いか?」 「いいえ? 何でも良いですよ。どうせ、地獄まででもお付き合いすることになるんですから。ねえ、直澄さん」 「ああ」  視線を交わしたその後で、幻乃は内緒話をするように、直澄の耳元へと唇を寄せた。そして、毒を吹き込むように低く囁く。   「忘れないでくださいね。俺を選んだのは直澄さんです。俺を捨てたら、その首斬り落としてやる。美しいあなたの死に顔を眺めれば、少しは心も癒されるでしょうから」 「……いいな。それはいい」  うっとりと呟いた直澄は、喉を鳴らして笑いながら、幻乃を両腕で抱きしめた。 「これ以上ない口説き文句だ。いつかの下手な世辞より、よほど唆られる」 「どうかしてます」 「お互い様だろう? 俺も、お前が逃げたその時は、その腹を三度斬って、(はらわた)を引きずり出すとしようか。愛しい狐の死骸を愛でれば、傷心も少しは慰められよう」  捻じ曲がった執心と、その言葉。どきりと胸が高鳴った。  なるほど確かに、この上ない口説き文句だ。斬れないと投げ出された結末を、死の淵で味わえるなら悪くない。 「夜明けまで、でしたっけ。……まだ、時間はありますね」  惹かれ合うように手を伸ばし、どちらともなく唇を合わせる。  斬り合いよりも刺激的で、死線よりも愛しいもの。そんな存在と縁を繋いでしまったのは、果たして幸か不幸かどちらだろう。  熱のこもった目を至近距離で見つめ返して、幻乃は心のままに笑い声をあげた。
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