1/1

13人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

 東京から電車に揺られて四時間ちょっと。  生まれ育った片田舎は、変わらない姿で僕を迎えた。 「そうだ、穂高も行くの?」  炬燵に入ってゴロゴロしていたところへ、同じく帰省していた姉が話しかけてくる。三つ上の姉は既に夢だった図書館司書になって働いている。 「なんのこと?」 「奈緒ちゃん、結婚したって聞いたけど」 「………奈緒?」 「ありゃ、ごめんこれ言わない方が良かったやつ?私の友達がウェディングプランナーやってて、彼氏と相談に来たって聞いたから」 「……ああ、そう」 「ごめん、あんまり考えずに……」  姉弟の間に変な沈黙が流れて、その沈黙は本日の主役の蟹鍋が姿を見せたことによって終焉を迎えた。  それぞれに小皿やら箸をテキパキと配る母の向こうで、わざとらしく鼻歌を歌いながら去って行く姉の背中を見つめる。自称しっかり者の姉は、たまにこういうヘマをしでかす。別れた男を結婚式に呼ぶ女なんてそうそう居ない。 「穂高、あんたの箸」  はいよ、と渡された二本の箸を机の上に置いて立ち上がった。ちょっと部屋に行くと伝えると、母は「父さんにも声を掛けておいて」と返して来る。正月だというのに、父は今日も部屋で競馬中継を見ているようで。  ギシギシ軋む階段を上がって二階に辿り着くと、奥にある父の部屋に向かって「鍋出来たって」と叫ぶ。何か返事が返ってきたような気がするから、大丈夫だろう。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加