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 子供の頃から使っている部屋は、少し埃っぽい。  押し入れを開けてガサゴソ探っていると、お目当てのものは結構すぐに見つかった。小さな段ボールで作った手のひらに収まる大きさの箱には丸めた赤い折り紙が貼り付けてある。箱の上面には「さよならボタン」と書いてあった。  それは、僕が東京へ発つ日に奈緒がくれたもの。  何故実家にあるかというと僕が持って行かなかったから。 「お別れしたくなったらこのボタンを押して」という彼女に僕はなんと答えたのだろう。たぶん「そんなつもりない」とか何とか言ったんだと思う。  別れることなんてない。こんなボタン要らないよ。  僕はそう言って、涙を流す奈緒の頭を撫でた。  とんでもない大嘘吐きだ。過去の僕が大激怒してハンマーを持って追い掛けて来ても、文句は言えない。どうせならそのまま頭を殴り付けて、全部忘れさせてほしいぐらいだ。 「………やっぱり、要らないじゃん」  折り紙で出来た赤いボタンを押してみる。  黄色がかったセロハンテープが流れた時間を教えていた。  何度押しても、何も変わる様子はない。それどころか、忘れていたあれこれが溢れて、僕は胸の奥がツンとなるのを感じた。この部屋は埃っぽいから、よくない。  僕は何度も何度もボタンを押す。  その度に奈緒の笑顔が浮かんでは消えていった。  何処にでも居る僕たちの終わりは呆気なく、僕は今になって生き返る記憶の中の彼女の消し方がよく分からない。はっきり理解しているのは、奈緒は頭じゃなくて、たぶんずっと僕の心の中に居たってこと。 End.
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