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嫌味のつもりでイヴォンが言えば、ガブリエルはそれはもう嬉しそうに微笑んだ。
「それは、嬉しいね」
「褒めてねーよ」
「ふふっ。知ってる。けど、俺の目標だって前に言っただろう?」
「まあ、それは知ってる」
「だったら、俺にとってはやっぱり誉め言葉だよ」
心の底から嬉しそうに笑うガブリエルを横目に眺め、イヴォンはひとつ首を振ってドアを開ける。
「まあいいや。買い物、付き合ってくれるんだろ?」
せっかくガブリエルが気を遣ってくれたのだからと、イヴォンは素直に車を降りた。
◇ ◆ ◇
ニースでの滞在先としてフレデリックに提供されいるホテル、Nice Palais de la Masséna Hotel & Spaの一室。食事を終え、部屋に戻りはしたものの、イヴォンは昼間買ったプレゼントを、未だヴァレリーに渡せてはいなかった。
――どうしよ……。何て言って渡せばいいんだ?
他人にプレゼントなど、これまでに渡したことがない。いったい、どんなタイミングで手渡せばいいのかなど、イヴォンに分かるはずもなかった。
が、そわそわと落ち着きのないイヴォンの態度は、当然ヴァレリーには筒抜けになっていたのである。
「さっきからお前は何を焦ってるんだ?」
「あ、いや……っ、焦ってるわけじゃ、ないんだけど……」
口ではそう言いながら、イヴォンは目が泳ぐのを止められなかった。ちらりと、プレゼントを仕舞ったクロゼットへと視線が動く。
「俺に隠し事が出来るとでも?」
「別に隠してる訳じゃ……って、ヴァル!?」
俯いたまま言い訳をしていたイヴォンはだが、ヴァレリーの動く気配に視線をあげた。ついでに、クロゼットへと向かう姿に慌てふためく。
大きな背に追いすがり、腕を掴む。
「ッ、待てってば!」
然程力を入れずとも、ヴァレリーの足はピタリと動きを止めた。勢い余って背中へとぶつかるイヴォンに苦笑を漏らす。
「偉い慌てようだな。それでもまだ、俺に嘘を吐くのか? ん?」
「嘘とか、そういうんじゃないから」
「だったら何だ」
「うぅ……」
小さな唸り声をあげながら、イヴォンはヴァレリーの背中を離れた。大きな躰を回り込む。
「今日、街でガブに会ってさ」
「ほう」
「それで……、今日はサン・ヴァランタンだからって言われて……」
もごもごと口ごもって聞き取りにくいイヴォンの言葉を、ヴァレリーは大人しく聞いていた。
「ヴァルにプレゼント、買って……」
低い位置にあるイヴォンの頭が、徐々に下がる。普通にしていてさえも小さな躰を、さらに小さくするイヴォンをヴァレリーは困ったような顔で見下ろし、それから抱き上げた。
「っ、ヴァル……!」
「お前がサン・ヴァランタンなんてものを気にするなんてな」
「悪かったな。どうせガブに言われるまで知らなかったよ」
「だろうな」
くすりと笑みを零すヴァレリーを睨んでみても、赤い顔では迫力も何もない。抱えられ、随分と近くなった端正な顔から、イヴォンはふぃと視線を背けた。
「ガラじゃないって、笑うと思った」
「まあ意外ではある。が、存外悪くない気分だ」
「え?」
小さな声を零したイヴォンは、クロゼットの前に降ろされた。こうなっては、流れのままヴァレリーにプレゼントを渡すべきだろうと、イヴォンでさえ分かる。
クロゼットを開け、細長い箱の入ったペーパーバッグをそっと取り出す。
「これ……、いつもヴァルが使ってるやつだけど……」
イヴォンが昼間選んだのは、ヴァレリーが普段から使っている香水だった。アクセサリーは、時計以外に着けているところを見たことがなかったし、花束はそれこそガラじゃない。日本ではチョコレートを贈るらしいとガブリエルに聞きもしたが、食べたらなくなってしまうのは少し寂しい気持ちになった。
イヴォンの手から受け取ったバッグをしげしげと眺め、ヴァレリーはやはり困ったような顔をする。
「改まって渡されると、案外照れるものだな」
「あんたもそんなことあるんだな」
「愛の日にかこつけて告白してくる女はそこそこいたが、照れた事はないな」
「自慢かよ」
「ただの事実だ」
「もう少し素直に喜べねーのかよ」
「喜んでるさ。俺のためにプレゼントを選んでるお前の姿を想像すると、可愛くて仕方がない」
イヴォンの躰は、あっという間にヴァレリーの厚い胸へと抱きこまれた。いつもより高い体温と、少しだけ早い鼓動が伝わってくる。
「ありがとうイヴ。最高のプレゼントだ」
「っ、……急に素直になんなよ、ばか……」
どうにも熱い顔を上げることも出来ず、イヴォンは大きな背中を抱き締め返した。
Fin.
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