狂犬は甘やかに鳴くか。

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「呼吸をしろ、イヴ」 「ぁ、……っ、……はっ、ぅ」 「良い子だ」  脇の下に差し込まれた腕が、小さな躰を支えていた。労わるように背中を撫でる大きな手が温かくて、イヴォンはヴァレリーへとしがみついた。 「苦しいか?」  耳元に囁く声は優しかった。泣き叫んでもやめないなどと、いったいどの口が言ったのか。  どうにか先端を飲み込み引き攣れた襞は、それ以上開けば切れそうなほどだとイヴォン自身わかっていた。ヴァレリーの腕に支えられなければ、今にも倒れてしまいそうなことも。  ――それでも、ヴァルが欲しい……。  ゆっくりと、腕を抜け出そうとすればヴァレリーの低い声が耳に届く。 「馬鹿な真似はよせ」 「ぉく、まで……」 「駄目だ」  有無を言わせぬヴァレリーの口調には、幾分かの怒りの音が滲んでいた。  我儘を言っておきながら、何もできずにイヴォンは俯いた。ヴァレリーの顔が見れない。 「イヴ、少し我慢していろ」  ぐいと躰が持ち上がる。その瞬間、内臓ごと引き摺りだされるような感覚にイヴォンは悲鳴を上げた。これまでに経験したことのないような衝撃に気が遠くなる。 「……っぅ」  ぐぷりと屹立が抜け落ちる衝撃に、ヴァレリーは微かに息を詰めた。ぐったりと動かないイヴォンの躰を膝に抱え直し、小さな躰を抱き締める。 「まったく、馬鹿な真似をした」  自重に塗れた声で呟いて、閉じられた目蓋に口づける。汗なのか涙なのか分からなかったが、イヴォンの肌はしょっぱかった。 「なあイヴ、俺をあまり煽ってくれるなよ? 壊してでも、お前が欲しくなる」  誰に聞かれることもなく口にして、ヴァレリーはイヴォンを抱えたまま立ち上がった。  躰が痛かった。寝返りを打とうとするだけで悲鳴を上げる腰に呻きが漏れる。まるで全身が錆びたブリキででも出来ているかのようだった。 「ぅぅ……」 「起きたのか」 「ヴァル……?」 「どうせ動けもしないんだろう? 大人しくしていろ」  ヴァレリーの言葉に、イヴォンはようやく昨夜の出来事を思い出した。 「ぁ、俺……」 「男の躰は男を受け入れるようにできてない。少しは考えろ」 「……でもあんた男抱いたことあんだろ…」  些か不機嫌なイヴォンを、ヴァレリーは無言でじっと見つめる。 「な、なんだよ……。黙ってないでなんか言えよ……」 「そうだなぁ、お前は躰も小さいし、毎晩拡張したとして……一か月後くらいにはどうにか飲み込めるんじゃないか? それとも、二十四時間プラグでも突っ込んでおくか」 「な…っ! そんなの無理に決まってんだろ!」 「だったら二度と俺を煽るな。分かったな?」  ぴしゃりと言い放つヴァレリーに、イヴォンはふるふると唇を震わせた。もう少し言い方があるだろうと、そう思う。 「煽られといて偉そうに言ってんじゃねーし!」 「ほう? 随分生意気な口を利くな」  ゆっくりと近づいてくるヴァレリーに不穏な空気を感じ取る。だがしかし、イヴォンの躰は動かなかった。どうにか動かせる腕を伸ばしてみても、あっさりといなされる。 「逃げられもしないのに生意気を言った覚悟は、出来てるんだろうな?」 「いや、待っ」 「待つと思うか?」  すかさず返すヴァレリーは、あっという間にイヴォンを寝台に囲った。視線を逸らせるイヴォンの頤をあっさりと捉えて上向かせる。 「ヴァ…ル……」 「恋人に煽られて何が悪いんだ。ん? 言ってみろ」 「ぇ……?」 「何を驚いた顔をしてる」 「だっ…て、あんたがそんな事言うと思ってなくて……」  ならばいったい何を待てと慌てていたのかと、呆れた顔をしたのはヴァレリーの方だった。僅かに熱を帯びた額へと口づける。 「お前に煽られれば俺も欲情くらいする。いつまでも理性がもつと思うなよ」 「うん……」  こくりと頷くイヴォンを一度だけ抱き締めてヴァレリーは離れた。遠ざかる熱にイヴォンの腕が伸びる。 「待って、ヴァル……」 「何だ」 「もう少しだけ、隣に居てくんない…?」 「少しで良いのか」 「っ、あんたのそういうとこ、ほんと意地が悪いよなっ」  せっかく気を遣ったのにと、ぶちぶちと文句を言う唇は、当然の如くヴァレリーに塞がれた。 END
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