雪うさぎに化ける

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 お日様はぴょんと沈んだ。夜のはじまり。あんまり部屋にこもっててもお母さんに怪しまれるから夕飯までの時間は居間にいる。もうすぐお父さんが帰ってくる。おじいちゃんがりんごの皮をむいて僕にほらと一切れ渡してくれた。おばあちゃんはお茶を飲みつつテレビのニュースを見てイヤな世の中ねってぽつんと呟く。いつも通りの夜。違うのは僕の部屋に隠れているうさぎさん。僕は今、重大な秘密を抱えているんだ。 「聡太ぁ、ただいまぁ」  お父さんが帰ってきた。このあと最初にお父さんがお風呂に入ってから夕飯のはじまり。今夜はカレーだ。サラダもついてる。 「聡太、サラダもちゃんと食べるんだよ」  お母さんは僕の前のサラダにはしを伸ばして僕の苦手なプチトマトを何個か自分のお皿にぽんって入れた。 「これなら食べられるでしょ?」 「多分……」  苦手なものを少なくされて食べなかったらお母さんが悲しそうな顔をするから食べないわけにいかないんだ。  なんとかお皿を空にしてお腹をぽんぽん叩く。 「お腹いっぱい。ごちそうさま」 「お粗末様でした。今日はお母さんと一緒にお風呂に入ろうか?」 「はーーい」  今日の洗い物の係はお父さん。お母さんはいいのにって言うけど、お父さんは少しでも家事を手伝いたいんだって。お母さんに見放されたら生きていけないらしいから一生懸命お母さんのお手伝いをしている。 「聡太も好きな人できたらちゃんと手伝ってあげるんだよ」  お母さんはふわんと笑って僕の着替えを取りに行く。お風呂の準備だ。  お母さんと僕のパジャマと下着を用意してから、お風呂をいただく。 「今日、うさぎさんに会ったんだ!」  ちゃぽんとお湯を揺らして今日のことを話す。うさぎさんとおしゃべりしたとか、うさぎさんが雪うさぎに化けて僕の部屋にいるとか言わない。それは秘密だもの。 「そっかぁ。それで雪うさぎ作ったんだね」 「うん! うさぎさん、可愛かっただもん!」  変な冗談を言うお父さんみたいなうさぎさんだったとは言えない。可愛かったのは事実だ。くりくりとした赤い目と白い毛はとっても可愛い。 「明日もうさぎさんに会えるといいね」 「うん!」  お風呂を終えて居間で休憩してたらあくびが出る。 「眠くなっちゃった……」 「ならもう寝ないとね。明日も沢山遊ばないと」 「はーーい。おやすみなさい」  僕は僕の部屋に向かう。そこにはうさぎさんがうさぎさんの姿で窓の外を眺めていた。 「うさぎさん! 雪うさぎじゃないとバレちゃう」 「ああ、そうだな……」  うさぎさんは元気がない。見上げているお月様はほわほわと光を放っている。 「何かしたの?」 「うん……。聡太の家族たちとの話し声聞いてたら母さんに会いたくなってさ……。帰ってもいいか?」  ここでうさぎさんを帰したら二度と会えない気がする。だから言ってしまったんだ。 「駄目! 僕はうさぎさんといたいんだ!」  うさぎさんはゆっくりとこちらを振り返る。赤い目はやっぱりくりくりとしている。 「聡太は寂しいを知らないんだな。俺さ、もう一つ技を使えるんだ。お仕置きだな」  うさぎさんは、前足をぱんと叩いて見せた。 「雪うさぎになれ!」  ぽわんと音がして、僕は動けなくなった。しゃべれなくなった。うさぎさんは僕を見下ろしている。 「聡太は今、雪うさぎになった。もうなんにもできないしゃべれない。少し寂しさを知りなよ」  うさぎさんはぴょんとはねて僕のベッドに潜り込む。  助けて!  叫びたくても叫べない。  誰か来て!  願っても思いは届かない。 「聡太」  お母さんの声が聞こえて、扉が開く。 「あら? もう寝ているのかな?」  うさぎさんがベッドに潜り込んでいるから僕がベッドで布団をかぶっているように見えたんだ。  お母さん!  お母さんはおやすみと呟いて静かに扉を閉める。  お母さん! お母さん!! お母さん!!!  涙が出ているはずなのに雪うさぎとなった僕は泣くこともできない。  僕はこのまま雪うさぎのままなの?
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