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第五話 冷たいあいつ
銀河を行く車窓に映る自分とふと目が合って、そんな顔しないで、と眉を下げたギルの声が耳に蘇る。コートの襟をかきよせて、どんな顔だよ、と声には出さずに呟いた。
尿意に目が覚めてベッドを抜け出したのは何時ごろだったか。寝室の扉を開けると、真っ先に目に入ったのはソファでうずくまるギルの姿だった。引っかけるように履いていたスリッパを脱ぎ捨てて駆け寄ると、ギルが瞼を震わせてかすかに目を開ける。
「まだ君が起きるには早いと思うよ……」
「知るか。ギル、どこが痛い?」
「うーん、痛いっていうか……」
眉根を寄せて、ギルがビニールの剥がれているほうの手を天井に透かすようにひらひらと揺らす。
「背中の辺りが熱くて、とにかく力が入らないんだ。まあ、いつものやつだよ」
メモリーのすべてを失うことにもなった原因の激しい損傷の後遺症は、いまでもギルを解放することなく苦しめ続けている。たいしたことのないように振る舞いたがるギルに、本当はこちらがうろたえるべきではないのはわかっているがいつもできずに、声の震えをなんとか抑えながら「氷持ってくる」と告げた。
製氷機をひっくり返して氷を取り出す。表面がもうすでに溶け始めている気がして、まるで泣いているようだと思った。俺の代わりに? バカ、こんなことで泣くか。自分が今やるべきことは、同居人としての責務を果たすことで、くだらない感傷や身勝手な悲しみを剥きだしにすることじゃない。
あるだけの氷で氷嚢をつくって背中とソファの間に差し込むと、ギルの瞼がゆっくりと落ちていく。ありがとう、楽になったというギルの言葉に少しでも真実が混じっていればいいのだが、あっという間に溶けてしまうだろう。追加の氷は今から作っても間に合わないだろうから、近所の小売店で買ってくるしかない。ギルの頭を指でかき混ぜるように撫でて腰を浮かすと、「待って」とギルの指が部屋着の袖をかすかに引いた。
「どこ行くの」
「氷、すぐに溶けるだろ。買い足してくる」
「いいんだ。それより……ここにいてほしい。君が家を出る準備をしなくちゃいけない時間まで……あと少しだけ……」
「ギル……」
「はは、まるでもうすぐで起動停止になるアンドロイドみたいな言い方だったかな……ごめん、おおげさで。僕はただ、君といたいだけだよ。いつもただ、そう思ってる……」
ギルの体を冷やさなければいけないのに、熱を持った自分の手を包むギルの指先をどうしても振り払えなかった。なに一つ言葉にできないまま、つながれたままの手を心臓の上に導いてただ深く息をつく。「君のパーツは」とギルが笑う。「踊ってるみたいだね。銀河一のダンサーだ。素敵だよ……」
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