エンゲルガルテン—光の庭—

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 教会に戻ったフィルは、毎晩取り憑かれたように壁に絵の具を塗りつけていた。  意識は朦朧とし、もはやフィル自身何を描いているのか殆ど自覚はない。それでも命を燃やし尽くすかのように右腕は尚鋭く動き続ける。  なぜこんなことになったのか。いったいどこで間違えたのか。  フィルには、よく分かっていた。  あれはヴァンドム伯爵に雇われてから半年が過ぎた頃。庭園には薄く雪が積もり、底冷えのする日が続いていた。  馬小屋のようなアトリエは庭園の奥にポツンと構えられており、余程の用がない限り誰も近づくことはない。元々風景画を得意とするフィルは伯爵に与えられた仕事に悩み、何日もここへ篭りきりで肖像画の模写に明け暮れていた。  今までもマーガレットがアトリエを見せて欲しいとせがむことは多々あった。  だがあの日、まさか本当に一人で訪れてくるとは思いもしなかった。  外では雪まじりの冷たい雨が降り、寒い寒いと腕をすりながらマーガレットが暖炉のそばへと座る。沢山のおしゃべりは止まることを知らず、何度も屋敷へ戻るよう促すフィルの声は雨音と共に濁された。そして絵描きが諦めかけた頃を見計らうように、彼女は一枚の裸婦画の模写を手に取りこう言った。 ——ねぇ、フィル。あなたは画家としてこの肌の手触りや本当の温かさを知りたいとは思わない?  それはわかりやすいほどに直情的な挑発だった。乗るべきではない。理性はそう囁き、だが脱ぎ落とされた服の音に眠っていた本能が目覚める。手を伸ばせばしっとりと白い肌が吸いついた。知りたい。女性だけがもつ神秘的な美を。流れる汗と血潮の臨場感を。意思を凌駕する吐息の熱さを。  フィルは過ちを犯し、そして彼の手掛けた『湖畔の貴婦人』は屋敷中の者を唸らせるまでに劇的に変化したのだった。
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