エンゲルガルテン—光の庭—

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 二人を守るように壁一面に(えが)かれていたのは、今まで誰も見たことのない美しい絵であった。  青ずむ空の上部は暗く、太陽の隠れる薄雲だけが眩しいほどに光る。くっきりと分かれる明暗が空の立体感を無限に広げ、その下に横たわる豊穣な大地までどこまでも続くような想像を掻き立てた。  風が揺らす葉ずれが遠くから聞こえ、青い匂いが爽やかに広がっていく。体は陽の光に包まれているように暖かかった。  だが皆の目を一心に奪っていたのは、その豊かな自然から溢れんばかりの祝福を受けて微笑む女性の姿であった。 「マーガレット……」  伯爵夫人が瞳いっぱいに涙を溜めてつぶやく。今にも愛を語りそうな唇、おしゃべりな指先、明るい眼差し。フィルが描き残したのは、あの時破り捨てたはずのマーガレットだった。  慈愛に満ちた絵は美しいだけではない。端々から滲み出るのは、マーガレットを想う純粋な愛情だ。フィルはコンテで描き上げた絵を通し、初めて自分の想いを自覚したのだろう。だからこそ、マーガレットに絵を渡すことはできなかった。  娘が一人の女性へと成る様に、伯爵は握った拳を静かに下ろした。そしてカリンと妻がマーガレットに駆け寄るのを見届け、従者を連れて教会を後にした。
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