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もう半年も前になるだろうか。ヴァンドム伯爵が目をつけ、屋敷のお抱え絵師に指名したのは浅黒い肌をした男であった。
降って湧いた陰気な余所者に、廊下ですれ違う侍女たちはこぞって陰口を囁いた。露骨に避ける者までいたが、男に気にする素振りはない。
鋭い目は窓に切り取られた景色ばかり見つめ、降り始めた雪に絵の具の染みた指先が微かに反応していた。
「フィル!」
光が差すような明るい声が男を呼ぶ。軽やかに駆けてきたのはヴァンドム伯爵の愛娘であるマーガレットだった。
「さっき新しく展示された貴方の絵を見てきたの。とっても素晴らしかったわ!お父様ったら今日いらしたお客様にまで自慢していたのよ。湖の手前に描かれた貴婦人なんて、まるで血が通っているようだって」
腕を組み、気難しい父親の真似までして見せるマーガレット。
愛情を一身に受けながら育ったのだろう。天真爛漫な彼女はひとまわり年上の男でも臆することなく話し続ける。
三ヶ月後の誕生日パーティで大人の仲間入りをすると聞いたが、肌は赤子のように滑らかで、さくらんぼに似た唇もどこかあどけなく見えた。
「ねぇ、今度は私の絵も描いてくださらない?」
「……それはできません。私はまだ伯爵家の方々を描く許しを得ていませんので」
「きっとすぐにお父様もお許しくださるわ。それならいいでしょう?」
廊下の掃除をしていた侍女たちがお嬢さまを止めるべきかとヒソヒソ話している。フィルは口を閉ざし、返事の代わりに一つ頭を下げると足早にその場を離れた。
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