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柔らかな日差しに包まれ、季節はすっかり春へと移ろう。
マーガレットの誕生日は二日後に迫り、エントランスからダンスホールまで盛大な祝いの準備が進んでいた。
主役であるマーガレットは喧騒からそっと抜け出し、渡り廊下から庭園へと降り立った。
自然を体いっぱいに吸い込み、やっと息の詰まりから解放された気分になる。噴水へ続くガーデンアーチをくぐり、足が向くまま薔薇園を歩けば、目当ての人は心地よい静寂の中にいた。
「こんにちは。フィル」
挨拶と共に絵描きの前へくるりと回りこむ。鮮やかな風景を丹念にカンバスへ落とし込んでいた男は筆先を止めた。
「マーガレット様……」
「素敵な絵ね。お母様は薔薇が大好きだから、これを見ればきっと喜ぶわ」
素人目から見てもフィルの絵は素晴らしい。生々しく塗り重ねた花びらや背景は言うまでもないが、彼の真骨頂は独特な光の操り方にある。巧みなコントラストは葉脈や水滴までもを浮き彫りにし、生命が深く匂い立つようであった。
マーガレットはじっくり絵を眺めてからフィルに向きなおった。
「ねぇフィル。私、お誕生日のお祝いに貴方の描いた絵が欲しいわ」
「この絵をですか?」
「ううん。前にもお願いしたでしょう?私の絵を描いてほしいの」
絵描きが難色を示す前に、マーガレットはすぐに付け加えた。
「もちろん二日で塗り上げろなんて無茶は言わないわ。デッサンだけでもいいの。それならお父様の許可もいらないでしょう?」
「デッサンだけ、ですか……」
「ええ。貴方の目に映るありのままの私を描いて欲しいの」
話しながらマーガレットの笑顔は徐々に薄れていく。
「お願いよフィル。二日間だけ貴方の時間をちょうだい。それ以上は二度とわがままなんて言わないわ」
不安気な手がそっとフィルの袖口を掴む。男の目は戸惑いに揺れたが、この手を無碍に払うことはできず溜め息をこぼした。
「分かりました。でもこれっきりにしてください」
「フィル……!」
マーガレットはパッと笑顔を取り戻し、頬を淡く染めた。
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