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一夜が明け、屋敷を取り囲む岩山が朝焼けを受けながら真っ赤に染まっていく。
フィルは一睡もせずに描き上げたマーガレットの絵をぼんやりと見ていた。
目の前にいなくても彼女のディティールは脳裏に焼きついている。今にも愛を語りそうな唇も、口以上にお喋りな指先も、利発で明るい眼差しも、文句なしの仕上がりだった。
それでもフィルの顔は暗く冴えない。握ったままのコンテを置けば固まった指の節がジンと痛んだ。
「婚約者、か……」
マーガレットは由緒正しきヴァンドム伯爵家の令嬢。本来なら一生関わることのない人であり、近づくことすら許されないだろう。そして彼女の婚約者はそれ以上の家柄であり、世間的な評判も申し分ない。
分かっている。分かってはいるのだが、それでも冷えた指先はマーガレットの微笑みをそっとなぞる。たった一枚の絵に胸が熱を帯びる意味を考えるも、様々な感情は混沌と渦巻き、それらが行き着く先はどうしようもない自責の念だった。
フィルは襲いかかる疲労に潰れ、気づけばテーブルに伏し眠りに落ちていた。
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