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消えた伯爵令嬢の噂は瞬く間に町中に広まった。フィルはマーガレットを探し回り、入り組んだ路地を何日も歩いていた。
「知らねえっつってんだろ!」
金を渡せば教えると嘘をついた男が乱暴に蹴りを入れる。ぬかるんだ土に両手をついたフィルは大きくむせた。吐きそうになっても出すものは何もなく、麻痺した感覚ではもう惨めだと思うことすらなくなっていた。
上手く立ち上がれず土に爪を立てていると、目の前に布をかぶせたバスケットが差し出された。
「……どうぞ」
衰弱した男を見下ろしていたのは、マーガレットが母親のように慕っていた侍女カリンだった。
「もうお嬢さまを探すのはおやめください」
男の落ち窪んだ目がきろりと動く。
「マーガレット様は……、無事に、屋敷に戻られたのですか……?」
「いいえ。ですがそれはもう貴方には何の関係もないことです。お嬢さまのことは忘れ、町を出てください。貴方の絵はとても素晴らしかった。またすぐに仕事も見つかることでしょう」
欲しいのはそんな言葉ではない。フィルは壁に手をつきながら立ち上がり、食料の詰め込まれたバスケットも受け取らずにまた歩き出す。カリンは今にも朽ち果てそうな男の背中を睨み、熱くなった目頭をぐいと拭った。
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