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甘いものが嫌いと言われましても
分かってはいた。
最初から分かってはいた。
だって、もう、20年以上の付き合いなのだ。
だから、貴志狼が甘いものに興味がないことくらい、葉には完全にわかってはいたのだ。それでも、毎年この日には、貴志狼のために特別のスイーツを用意してきたし(特別だということはできなくて、新しいメニューの試作だと誤魔化していたけれど)なんだかんだ言いながらも、貴志狼はそれを食べてはくれた。
ただし、美味いと言われたことはない。大抵の女の子は目を輝かせて『美味しい』と、言ってくれるし、女の子でなくても、常連の菫などは幸せそうな笑顔を見せてくれるのに、一番笑わせたい相手はいつも通りの仏頂面で『別に普通だ』とか、『いいんじゃないか』とか、いいのか悪いのか一向に分からないコメントを吐きやがる。
小学生の時は一つのホットケーキを半分にして、どっちが大きいかで喧嘩までしたのに、歳月は残酷だ。背丈も、腕の太さも全く勝負にならなくなった頃には、貴志狼はまったく甘いものなんかに興味を示さなくなってしまった。
葉は甘いものは好きな方だと思う。
よく、男性向けのスイーツには甘さ控えめなんていうものが多いけれど、男にだってスイーツに目がない人は多い。大抵の男性が甘いもの大好きです!!と言えないのは、ただの対外的な問題(つまりはカッコつけ)で、本当は可愛くて甘々でふわふわなスイーツのお店に入ってがっつりスイーツコンプリートしたい男子がいっぱいいるのだ。
その点で言って、緑風堂は男性客にもそこそこ入りやすいと思う。お茶ベースのスイーツは渋めで男子にも手を出しやすいし、葉は甘いものは好きでも可愛いものが好きなわけではないから、内装も和モダンで入りやすいはずだ。
とにかくも、緑風堂は甘いものが苦手を装っている男性客でも気兼ねなく来てもらえることを心掛けている。
というのも、もちろん、貴志狼が気安く立ち寄ってくれるように。と、葉なりに考えた苦肉の策なのだ。
それでも、分かってはいた。
貴志狼は本当に甘いものには興味がない。
別に恰好をつけているわけでも、反社会組織構成員だからって人目を気にしているわけでもない。もちろん、ダイエットしているわけでも、血糖値が高めなわけでもない。
苦手。というほどではないけれど、甘いものがなくても一向に困らない程度には興味がないのだ。
と、いうより、貴志狼は食にこだわりがない。
より美味しいものを食べたいという単純な欲求すら、持っていないように見える。葉と外で食事をするときでも、大抵は葉が店を選ぶし、放っておいたら3日でも1週間でもコンビニ弁当だけで済ませてしまう。
だから、分かってはいた。
再三言っているけれど、分かってはいたのだ。
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