キミバナレ

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 あれもこれもと付け足した結果、本当は何が大切だったのか見えなくなってしまうことがよくある。薄目で見たらそういう地模様に見えなくもない、広告の隅にびっしり並ぶ注意書き。駅のきっぷ売り場にひっそりと存在する、もとは券売機があった場所に貼られた注意書きのポスターたち。ラーメン屋のはずなのにチャーハンのほうが有名になってしまったお店。打ち合わせで「最後にもう一点」と前置きしておきながら、その台詞を最低三回は繰り返す上司。  子供の頃はいろいろな未来を夢見ていた。お花屋さんにパティシェにアイドルに看護師。どれもこれも大人へ近づくにつれて現実味が薄れていき、最終的には一度も夢見たことのなかった、ただのOLに落ち着いている。お花の香りではなく埃くさい都会の空気にまみれて、甘くない現実を日々口に含み、取引先のおっさんに愛嬌を振りまき、自分ひとりでは自分の機嫌ひとつとれない上司のケアをしている。看護師というより介護士に近い。でも私は短気だからすぐに上司の首を捩じ切ってやりたくなるし、本質的に誰かに対して尽くすことが向いていない。相手は自由気ままに振る舞っていても、私は死ぬまで自由になれない。誰によってかは定かでなくとも、見えない鎖で首輪をつけられている気分だ。  だから結婚だってしたくない。そもそもある程度の年齢になって付き合った異性とは結婚しなきゃいけなくて、結婚したら子供を作らなきゃいけないなんて誰が決めたんだろうか。それが世間の流れだというのなら、私は干拓のために閉じられるギロチン水門のごとく、積極的にその流れを堰き止めたい。そんな世間はカラカラに乾いて、泥になりきれず砂まではなりきれない湿った土のようになればいい。  私は一家を構成するピースのひとつではなく、私が国土であり、国家であり、世界でありたい。仮に結婚したところで、私は旦那が何を言おうと自由に過ごすだろうし、子供が言うことを聞かなかったらぶん殴ってでも言うことを聞かせると思う。そんな生活がうまくいくはずはない。私のことは私が一番よく識っている。  私が一番憎んでいるのは「世間ではこういうことが幸せと云うんですよ」みたいな先入観。私はそんなガラス板を積極的に鉄パイプで叩き割るために生きている。そのガラスに息を吹きかけながら、シミ一つない布で拭うような日々は、もはや生きながらにして死んでいるに等しい。  はずだったのに。
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