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 勉強しなくても、成績が悪くても、それだけで父に叱られたことはただの一度もなかった。 「二人それぞれいいとこあるんだ。どっちも大事なお父さんの子だからね」  成績優秀な姉の仁美(ひとみ)と比べられたこともない。 「嘘だけは吐いちゃいけない。『良い嘘』もあるけど、やっぱりほとんどの『嘘』は信じてる人を裏切ることなんだ」  悪いことをすれば当然叱責はされる。懇々と諭される。特に「嘘」には厳しかった。いや、──その先にある「裏切り」か。  しかし父は、我が子に対しても穏やかで落ち着いた態度を崩さなかった。  だからといって冷たいわけではなく、褒める時は大袈裟なくらいに言葉も表現も惜しまなかった。 「真奈(まな)は運動得意じゃないか。凄いよ。できないところばっかり見て、駄目だって言うのはよしなさい」 「そうよ。私、勉強できても足遅いもん。真奈が羨ましい」  決して出来は良くないと自覚していた真奈だったが、父にはむしろ自分を卑下することを咎められたものだ。  そして姉も、蔑むどころか『良いところ』を称賛してくれる。  たった四歳しか違わないのに、真奈にとって仁美は到底手の届かない大人に見えた。  父と、姉と。  いつも真奈を気に掛けて守ってくれていた、大切な優しい家族。
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