AKITAINUからの兄妹

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 此処は官邸、防衛大臣から報告を聞いた総理は大きく溜息をついた。  「なるほど、殻を破られたら、胴体は水素の塊だ。巨大な火器で貫通されたら怪物はひとたまりもない、これは貴重な戦力になるね」と、言う、総理大臣に防衛大臣は報告を続ける。  「兄妹によると、故郷では円盤の呼称はゼブと呼ぶそうです。妹の方は書道が得意らしく、このようにわざわざ漢字で《是武》と書いて説明してくれましたよ」  報告書には《是武》と印刷してある。  「当て字じゃないか、是は正しいという意味だね、武……。つまり正しい戦力を与えるか……。言い得て妙だな……しかし、異星人が書道かね?」  「なんでも中学では書道部だったそうで……」  「なに? 異星人が中学に通っていたのか?」  「戸籍に細工して、日本に潜伏していたそうです。そこである老夫婦の子供になっていたようです」  「どうせ洗脳とか尋常でない手段を使ったんだろう」  「ええ、まあ不法密航者ということになります」  「その兄妹には移民申請でもしてもらいなさい。正式に我国の国民として在籍してもらうんだ。そうすれば、アメリカや中国なんかがうるさいだろうが、彼らの技術の所有権は我々にある」  「兄の方はこちらに協力する条件として、身の安全、生活の保護、それから普通に妹に大学まで通わせてほしいそうです」  「えっ? テクノロジーはあっちが上だろう?」と、総理がいぶかしがると、大臣は「それが工学でなく、文学部志望だそうです。そこで歴史や哲学、民俗学を学びたいそうで……」  「ああ、そう、妹の方は地球人に関心があるんだ……。護衛つきになるが構わんよ、教育費は無料にしてやれ」  「ちなみに相手の異星人はサイラスと呼ぶんだそうです」  「また漢字で《災羅巣》と書いてあるね」  「まるで暴走族のグループ名ですが、災害の網を張り巡らす、クモの巣のような連中という意味ですな」  それを聞いて、総理は目を丸くして驚いた。  「これは不思議な偶然じゃないか!」  「と、いいますと?」  「ゼブとはエジプトだとゲブともいって大地の神の意味にもなる。サイラス は英語圏だと古代ローマの人名シルスに由来する名前になるね」  「ああ、なるほど、そういえばイギリス人やアメリカ人の名前にもありますな」  「古代ローマ帝国はエジプト王家を破滅に追いやって領民を支配し、またイギリスも1914年から1922年までエジプトを保護国にしていた――歴史は繰り返すとは言うが、宇宙でも似たようなことが起きるんだな、まったくどの星も根本的には進歩せんというわけだ」  「さすが総理、博学でいらっしゃる」  「わたしの古巣は外務省じゃないか、専門は中東問題だ。これくらいは常識だよ……。しかし皮肉なもんだね。異星人がゴーストバンクで暮らす羽目になるなんて」  ゴーストバンクとは異星人と遭遇した人々を地下十三階に隔離する施設で、ちょっとした団地ほどのスペースがある。  そこへ行くと行方不明ということになり、二度と戻れない規則になっているのだが、宇宙艦隊の隊員、月基地の生存者全員を隔離するわけにもいかず、もはやそんな隠ぺい工作は無用だった。  なぜなら月の怪物の件は全世界が知ることになり、画像だったらインターネットで子供でも保管していた。  総理は防衛大臣に、「新時代の幕開けというわけだ、防衛費がまたかかるな」と愚痴りながら、机のボールペンでメモに、《餓怒喰》と書き、「マスコミには怪物の呼称は、こう発表しなさい。子供番組じゃあるまいし、いつまでも怪物や怪獣じゃ格好がつかん」  「防衛隊では仮に破壊獣と呼んでるようですが?」  「ああそう、なら、それでいいよ、そっちが国民にはわかりやすかろう」  そう言いながら、総理は苦々しい顔をした。                                                                     了  
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