想いはお菓子言葉に込めて

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想いはお菓子言葉に込めて

 塾の自習室にシャーペンの音が響く。  青い壁には『県内私立高校入学試験まであと2~4日』『公立高校前期選抜まであと7日』という、わかりきった事実が大きく貼りだされている。中三にとって差し迫った状況であるが、自習室には私と親友の彼女しかいない。降り続ける雪のせいだろうか。  親友がふと、シャーペンの音を止めた。 「もうすぐさ、バレンタインだよね」 「…………」  耳を疑った。  確かに、あと一週間足らずで二月十四日だ。ただその日は公立高校前期選抜の前日にあたる――。私はバレンタインデーなんて、今の今まで頭になかった。 「まぁ、そうね」  私もシャーペンを止めた。 「手作りしたいなぁ。お菓子言葉とかちゃんと調べて。なんかね、マカロンとかいいらしいよ」  窓の向こうを見つめる親友の目は、充血している。いつもは思考と同じくらいふわふわしている髪も、最近は乱れがちだ。かく言う私もニキビが治らない。 「マカロンは『特別なひと』って意味があるんだって~」 「ドラマで観た。……渡すひといるの?」 「本命はいないよ。あんたとか、塾の女子男子に配っておしまい」 「友チョコを手作りとか、尊敬するわ」  手作りのお菓子は優しい味がする。この子の手作りなんて食べたら、勉強疲れなんてふっとぶだろう。最高のブドウ糖だ。  だけれど。 「……手作りは、やめといたら?」  私は眼鏡のフレームをいじりながら言った。  なんでぇ、と彼女が不満そうな声を出す。 「ひとの楽しみを奪う気っ」 「違うよ。受験生だからだよ。手作り欲しいけれど、あんた、試作までするタイプじゃん。もしも仮に志望校に落ちたら……悪いし」 「……まぁ、気を遣わせるよね」 「うん」  自習室に深いため息が響く。 「覚えてろ。卒業式かホワイトデーには、ケーキ作ってやるかんな!」 「楽しみにしている」  私たちは互いを見て笑ったあと、それぞれ問題集に向かい合った。  あとで知ったことだが、ケーキには特にお菓子言葉はないらしい。  二月十四日。親友が私立校の合格報告と共に、市販のロールケーキをくれた。のの字に巻かれた生クリームが眩い。 「ゲンかつぎに食べて。伊達巻に学業成就の意味があるなら、ロールケーキでもいけるはず!」 「まさかのおせち」  私から親友には、最寄りの洋菓子店で買った、チョコレートチップ入りのカップケーキをプレゼントした。  カップケーキのお菓子言葉は、マカロンと同じ『特別なひと』だ。  (終)
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